熊野へ② 聖地編

2019年05月07日

世界遺産・熊野(紀伊山地の霊場と参詣道)。蟻の熊野詣。伊勢に七度、熊野に三度、どちらかけても片参り。八た烏舞い降りし甦りの聖地・熊野。

遠い昔から定評ある「聖地・熊野」。疑う余地はまったくありません。

そのうえで、今回の聖地・熊野の旅でわたしの最も心に残った風景がこちらです。

人を寄せつけない厳しい修験道の聖地・熊野も素敵ですが、人と共生する穏やかな聖地・熊野を代表する光景でしょう。

当日は晴天で地元の方が田植えの最中でした。そう、ここは大斎原、旧社地です。明治の大水害まで本宮大社の社殿はこの地に全てありました。今の8倍の規模だったそうです。

ひとたび自然が牙を向くとひとたまりもない厳しい現実があるのですが、その裏腹に一時のうららかな陽だまりもある。今の大斎原は人生そのものを映し出しているような気がしました。

その一方、聖地・熊野で流行り病のようなのを目にしゾワッと感じたのも事実で、熊野の奥宮と称される「玉置神社」に昼過ぎお参りしたのですが、山上で道中もスムーズにとはいいがたいにもかかわらず、GWとはいえ臨時も含め駐車場待ちの車列ができていました。パワースポットもトホホッの態にうかがえた次第です。まぁ、わたしもそのうちの一人だったわけですが・・・

小辺路・果無集落、前鬼・ 不動七重の滝にも立ち寄りました。

今回の旅でパワーをいただけたかどうかはわかりませんが、充分にリフレッシュはできました。それでよし!  y.terai

 

熊野へ① 冒険編

2019年05月07日

北山村の観光筏下り、約1時間の行程で途中9箇所ほど急流があり、太ももから下はかなり濡れちゃいます。半ズボンにサンダルがおすすめ。年齢制限があるので、お元気なうちにどうぞ。

瀞峡での川舟めぐり30分。ウォータージェット船もカッコよくていいけど、自分はこっちかな?近くのつり橋・山彦橋は、かなりスリルがあり川舟とともにおすすめです。

紀和・湯ノ口温泉のトロッコ列車。ここまで乗り心地が悪い列車はそうそうありません。須磨浦のカーレーターなみの振動とその音がやみつきになりそうです。

ここまで史上初の10連休GWにもかかわらず、「本当にご苦労様です。」の働くおじさん達とともにお送りいたしました。

そしてこの熊野への道中、冒険旅のオープニングに日本一のつり橋「十津川・谷瀬のつり橋」にも30数年ぶりに立ち寄っていました。GWで天気もよくかなりの人出で、安全のため一方通行になっていました。どうやって戻るのか?って、対岸に大型バスが待っておりある程度の人数になると元来た場所まで送ってくれるようになっていました。ただし200円の有料です。  y.terai

 

 

南信州旅② 木造校舎

2019年04月12日

遠山郷の真ん中辺りに木沢の集落があります。昭和中頃まで木材搬出で栄え、ここを拠点にずっと山奥深くまで、森林鉄道が敷かれていました。廃校になった木造校舎「木沢小学校」にその資料が展示されています。

そこで昼頃、鉄分補給に訪問。こんにちはと屋内に入ると、玄関横の教室に年配の男性が居られ、向こうから声をかけてくださいました。

「何処から来たん?ようこんなところまで来てくれたナ~。今日は雪で誰も来ないと思てた。コーヒー飲んでいき!ナッツ食べるか!それで木沢は昔ナ・・・・・」と、賑やかりし頃の木沢と森林鉄道について親切に説明してくださいます。

説明を受けた後はフリーで校舎を回らせていただいたのですが、まるでいまにもかわいい小学生が現れそうなリアル感があり、地域の皆さんで大切に守っておられる愛情が充分に伝わってきました。

ほのぼのとした優しさに包まれながら木沢を出発。遠山郷最大の集落・和田で名物・ジンギスカンをお土産用に購入後、遠山郷を離れました。

わたしにとって、子供の頃にあったリアル昭和が栄養たっぷり心にじーんと浸み込む素敵なところでした。季節はずれの雪もよかったかなと思えます。

遠山郷の皆さん、お世話になりありがとうございました。   y.terai

 

 

南信州旅① なごり雪

2019年04月11日

季節はずれに不意打ちです。実際は名残雪なんてロマンチックなものではありませんでした。

昨日朝9時前、南信州飯田から遠山郷上町への幹線道路途中での一枚です。前日からのベタ雪で沿道の木が根元から折れ、道をふさいでしまっています。写真手前側の先頭車がわたしだったので、発生して間がなかったのではないかと思われます。

居合わせた村人の皆さんが声掛け合って、手慣れた様子で20分も経たないうちに通行できるまでに撤去してくださいました。こういう時は、申し訳ないですが街暮らしのよそ者は何の役にも立てませんでした。村人の皆さん、ありがとうございました。

前日との気温差は10度以上。前日昼3時過ぎに撮ったのがコレです。飯田近く昼神温泉で滋賀パナソニックショップ会総会があり、その合い間に春らしい気候のもと、川沿いに満開の桜と咲き始めのはなももが揃って見えたのでパチリと撮りました。翌日は寒くなるよとは予め聞かされていたものの、そこまでの急変は予想できていませんでした。

そして当日早朝、目覚めてすぐにホテルの窓から外を見ると、前日とは打って変わりシンシンと雪が降り積もる真冬のような景色がそこには広がっていました。

そんななか助かったのは当日の地元で借りたレンタカーが、ありがたいことにまだスタッドレスを履いていてくれていたこと。慣れない山中雪道でしたがなんとか通り抜け遠山郷に入ることができました。

遠山郷には中央構造線が走り、高い山に挟まれた谷筋に小さな集落がいくつかあります。そのうちの中心集落のひとつ上町の資料館で霜月祭について触れた後、再び車で山に分け入り登ること20分ほど、山肌に現われてくるのが日本のチロルと呼ばれる「下栗集落」。

悪戦苦闘の末、展望スポットから天空の里を眺めましたが、よくよく目を凝らさないと家、田畑、自然の境目がはっきりしない状況で、雪に閉ざされていました。

上町の霜月祭資料館の方から聞いたところでは、その昔遠山郷では下栗には嫁に出すなと言われたそうです。それは下栗が日を通して陽当たりのよい恵まれた土地で、長時間作業できることを意味するとおっしゃってました。なるほどそうなんだ。

その土地に漂う空気感、この天気で逆にしんみりとしていいかもと思えてきました。こうなりゃ、来られただけでよし、来たからにはめいいっぱい自分なりに満喫しようと前向きにGO!です。   y.terai

 

 

奈良・五條 懐かしさが活きる街

2019年03月21日

奈良県南部五條の旧市街『新町通り周辺』には飾り物の懐かしさでなく、現在進行形の生活感ある懐かしさがあり、ワクワクさせられます。

ただシンボル的存在であった餅商一ツ橋さんが昨年に店じまいされたのは残念の極みで、代表する風景だけにこの雰囲気は絶対死守!あわよくば復活を望みたいところです。

そして鉄分多めのわたしには、五新鉄道の遺構もたまりませんでした。

さらにそのうえ、市街に温泉あり、柿の葉寿司「タナカ」本店ありで、好物オンパレード状態!!

他に天平時代建造物・国宝栄山寺八角円堂、高校野球で有名な智辯学園の辯天宗総本山・如意寺もまわり、30数年ぶりの再訪を充分に堪能してきました。   y.terai

 

 

若狭 梅便り

2019年03月10日

3/5(火 )現在、三方五湖湖畔西田梅で七分咲きくらいでした。食用栽培なので派手さはないですが、広範囲に数多く植えられており、湖岸はコントラストが素敵でした。

そして近くの廃校になった小学校に、いまとなっては貴重な二宮金次郎像があったのでパチリ。いまも集落の皆さんに守られ頑張っておられました。  y.terai        

西九州最終日 さが維新博、筑後川、ちょこっと金栗四三?

2019年01月09日

3日目最終日。佐賀駅近くのホテルを朝7時30分頃チェックアウトし、車で繁華街方面へ。まずは鍋島家に敬意を表し『佐嘉神社』参拝、なんですが近隣にある県庁お勤めの方の仕事始めもここへの参拝からのようで、すでに一杯。紛れ込むようにお参りをさせていただきました。そして早稲田創始者であり時の内閣総理大臣であった『大隈重信候生家』へお伺いした後、『佐賀城址』へ。復元されて数年のまだ新しさの残る本丸御殿をくるっと一周してから、佐賀県庁最上階にある展望フロアでさが維新博開場時間まで一息することに。

『さが維新博覧会」「そのとき日本は佐賀を、佐賀は世界を見ていた。」約2時間近く、佐賀の先進性に感心させられ、少し早めでお昼に佐賀ラーメンなるものをいただきました。

昼食後佐賀市街におわかれし郊外の世界遺産認定・三重津造船所跡でさらにお勉強。

それから自分の若き頃、国鉄乗りっ放し旅で通ったであろう国鉄佐賀線遺構『筑後川昇降橋』へ。正月で物好きの訪問が多く係員が頻繁に橋の昇降をしてくれていました。

その筑後川を車で渡り福岡県へ入ります。これも30数年ぶりの『柳川沖端』をそぞろ歩きし、その風情をしばし楽しみました。柳川観光では川下りが有名です。わたしは川端からの見物客でしたが、それでも舟が高さのない橋まで攻めて通り抜けるさまは一興でした。

それでいよいよこの旅最後のお楽しみ灯篭祭りで名を馳せる山鹿温泉を一路目指します。

途中、山間部の田舎道にもかかわらず賑やかにのぼりが立ち並んで、オヤオヤ何だ???不勉強でまったく知りませんでしたが今年のNHK大河ドラマがまさしく通過中の南関町、和水町由縁の金栗四三さん、日本マラソン界の父だそうです。また昨日この辺を震源に震度6弱の熊本地震の余震と思われる揺れがあったようで、無事を確かめながら車を走らせました。

山鹿温泉では、芝居小屋で重文指定の八千代座を案内付きで堪能し、山鹿灯篭が金属でなく和紙だったんだと初めて知り、最後の最後に山鹿温泉さくら湯でゆったりほっこりとこの旅をしめました。

そして新幹線に乗り遅れないようにレンタカー返却地の新鳥栖駅に向かいます。必然と偶然、厚意と失意など、旅は人生の縮図だとさらに実感しながら帰路に着きました。

旅先でお世話になった方々、ありがとうございました。y.terai

 

西九州2日目 窯元、古い街並み、初詣、温泉

2019年01月09日

伊万里のホテルを朝7時前にチェックアウト。まだ夜が明けきらず人通り少ない市街を散歩します。あちこちに伊万里焼のオブジェが目につきます。

元の職業がら気になるので、訪れた町に百貨店があるようなら時間が許す限り観に行きます。伊万里にも数年前まで営業していた玉屋がありました。建物が手付かずで残っていたので外観をパチリ。どうもご苦労様でした。

8時になるまで散歩したら、ちょうどレンタカーを借りる時間、今回も次の日に新鳥栖駅返却のワンウェイです。

車で伊万里を出発、まずは肥前鍋島藩秘窯『大川内山』へ。そして以前訪問済みなので今回は大横綱・有田の市街はゆっくりと思い出すようにしながら通り過ぎ、『波佐見』に到着。

ここは白山陶器を代表格にデザインにすぐれた実用的な現代陶器が幅をきかせます。中尾山、鬼木棚田をドライブ後、古い陶磁器工場をリノベーション活用したところがあるとのことで気になっていた西ノ原に立ち寄り。すると現地に行くまで知らなかったのですが木造洋館風旧小学校講堂が懐かしい感じで待っていてもくれました。旧陶磁器工場、旧講堂ともに国登録有形文化財だそうです。そのうえ旧講堂横には駄菓子やさんが元気に営業しているではありませんか!!懐かしい嬉しさでいくつか購入、そのうち九州っ子必須の竹下のアイス2本は早速寒空の下でしたが、いただいてご機嫌さんです。

次に向かうは『嬉野温泉』。有名温泉地は足湯だけで失敬し、途中長崎新幹線の高架工事がかなり進んでいるのを横目に見ながら、古い街並みが残る『塩田津宿』へ。

そして重要伝統的建造物群保存地区つながりになりますが、鹿島の『浜宿二地区』と、そこから2キロほどの距離にある佐賀長崎でお稲荷さんといえばココ『祐徳稲荷さん』初詣をセットして肥前浜駅でお借りした電動自転車でまわります。正月三が日で自動車が渋滞で進まない横をスイスイと失礼し効率よく過ごさせていただけました。

またこの辺は有明海沿岸で、特有の景観や生物が気になります。そこで『道の駅・鹿島』にあるミニ水族館でむつごろうなどとご対面、ちょうど引き潮でガタも見れました。本当は炭焼き小屋で竹崎がにや牡蠣をいただきたかったのですが、入ってみるとどうもおひとりさま向きではないので遠慮し、有明の幸は今晩泊まりの佐賀でと気分を切り換え次に向け後にしました。

この時点で午後3時過ぎ。佐賀の小京都および羊羹の里・小城へ行くプランもありましたが、家族が川上峡にある『元祖白玉饅頭吉野屋』の白玉饅頭を興味ありげにしていたのを思い起こし、いまからなら間に合うかなと電話で取り置きをお願いしました。「売り切れ次第、早ければ夕方5時過ぎに店を閉める」そうなので、小城は割愛し先を急ぐことにします。

吉野屋に着くと嬉しいことに正月の白玉ぜんざいの接待がありました。なるほどこれかと、購入した白玉饅頭を食べるのがますます楽しみになりました。

日が暮れ佐賀市内に入る前に、『古湯温泉・立ち寄り湯英龍温泉』で一日の疲れをとります。

本日のホテルは佐賀駅近く。チェックイン後、佐賀駅でお土産を購入し、唐人町で待望の有明海の幸などをいただき活動終了。明日に備えます。  y.terai

西九州初日②

2019年01月07日

的山大島の位置です。行政単位で見ると数年前まで大島村として長崎県最後の村でしたが、いまは平戸市になっています。定期船は現在、的山港にしか出入りしていません。的山と神浦の距離は5キロ程、移動をどうしようか当日まで決めかねていました。

滞在できる時間は3時間を少し切るくらい。島にタクシーはなく、公営ミニバスが船の出入りにあわせて走っていますが、余裕をもったダイヤで組まれており、旅人が2集落をきちんと見てまわるには無理があります。

レンタサイクルもあるようですが、当日まで詳しいことを確認できていませんでした。それに観光地といいがたい場所で、よりによって正月三が日の訪問、さらにそのうえ当日いきなりとどうも雲行きが妖しい条件が揃っています。

そうこうしているうちに出向時間が近づき、考えがまとまらないまま船へ乗り込みます。すると船の乗船口近くに、島のレンタサイクルの案内が貼られていました。連絡先電話が固定と携帯が記載。乗船早々まずは固定へかけてみます。やっぱりてな感じでつながりません。正月だもんなー、休んでても仕方ないよなー。でももしかしてで、一縷の望みをもって携帯に粘り強くかけてみます。コール音待つこと1分くらい、少し戸惑いがちな口調で「もしもし」と出ていただけました。事情を説明したところ、到着時間にあわせて電動自転車を用意して待っていてくれるとのこと。ヤッターと、多分休みなのに申し訳ないなーの気持ちが半々。結局、ご厚意に甘えましたが・・・。

島人の深き人情が沁みます。本当にお世話になりありがとうございました。

自然、集落、そしてそこで生活されている人達とその文化。触れれば触れるほど心が浄化されます。時に島旅、わたしにとってこれからも必須です。

的山大島を後にしてからは、30年ぶりに平戸市街をぶらぶら。たびら平戸口からMR乗車で松浦駅下車。そこで地元魚を目当てに夕食。正月で名物の鯖も鯵もなく、ひらすやったらあるよとのことでこちらを刺身でいただきました。聞きなれない魚でしたがじつにうまかった。港町の底力でしょうか。

そして宿泊の伊万里入り。ホテルに荷物を置いて、MR乗り残しの伊万里-有田を夜汽車行しMR完鉄!1日乗車券万歳!

でいよいよ本日最後の〆とばかり、北部九州地元ラーメンチェーン店「筑豊ラーメン山小屋」で、温かうまいを1杯いただいてお終いです。

あっそうそう、本当は平戸で海鮮ちゃんぽんも食べたかった!以前北白川にその名も「平戸」、母娘2人で切り盛りする海鮮ちゃんぽん屋がありました。その味に誘われ何度か通ったことがあります。いまは親子とも地元に戻られ、その味をお披露目されているようです。お母さんはたびら平戸口駅構内に店を構えておられます。ただ正月三が日に来てもダメでしょ、わかっていたけど・・・日程的にここしか無理だったんだよねー。いつの日にかまた、それまで忘れえぬあの味をつくり続けていてください。よろしくお願いします。     y.terai