旅してます

2024年04月14日

4月に入ってから別日になりますが行ってきました。

ひとつは家族で、丹後半島。朝一フクレルで鉄分補給後、早速に足立音衛門でお土産を買っておき、和久傳の森、伊根そして最後に鳥名子本店で鍋をつついた、おなかいっぱい満足旅でした。写真は船上からの伊根舟屋です。

もうひとつは滋賀パナソニックショップ会総会で有馬温泉の帰りに、湊川神社、長田神社にお礼参りしてからの鉄人28号でした。

相も変わらず、時間やりくりしながら、彷徨い続けてます。  y.terai

 

天城越~え

2024年02月19日

伊豆下田では駅からペリ-ロードまでのエリアを1時間ほどうろうろ。点在するなまこ壁の建物や、川端に柳の枝が揺れるペリーロードを散策。そして駅への戻り途中、昭和の香り漂う商店街にどっぷり溶け込んだおにぎり&和菓子の店『ふじ乃屋』に遭遇し「道中どこかで食べるやろ・・」とおにぎり2ヶと虎の皮なるどら焼きを購入しました。

そして駅前のトヨタレンタカーで軽自動車を借りて下田を出発。天城越えをして 修善寺駅で車を返すワンウェイプランでの予約です。

その道中で最も執着したのが旧天城トンネルを通りぬけること。これが思いのほか大変でした。結果的に下田側からは通行止めだったのですが、その案内が見当たらず一般車では危険を感じるオフロードをしばらく走行するはめに。そんなこんなで引き返すことにしたもののあきらめきれず修善寺側にまわってみると旧天城トンネルまでなんとかたどり着けそうだったので、ここまできたら行くしかないでしょとこれまたガタガタ道を轍にはまらぬよう気をつけ気をつけ進みました。そしてやっとの思いで到着し、トンネルを一往復。思いが叶いましたヨ、ありがとう。

 

その他は定番の河津七滝、浄蓮の滝へ立ち寄った後、湯ヶ島温泉公衆浴場『河鹿の湯』でひとっ風呂!浴槽とシャワーのない洗い場だけのあくまでも地域民むけの簡素な設備に好感がもてました。邪魔しない程度で失礼させていただきます。

そして 駅で車を返す前に雰囲気だけでもと修善寺温泉街にちょこ寄り。ご利益あればと独鈷の湯に軽く手をつけ、大急ぎで真ん前の温泉名由来・修善寺をお参りしました。

 

そしてこの度の旅もフィナーレへ。伊豆箱根鉄道に乗り伊豆長岡駅でバスに乗り継ぎ駿河湾に面する沼津へ向かいます。沼津まで出ればその日のうちに大津まで帰るのに時間がしっかり読めるようになりますネ。あとは時間が許す限りの沼津ステイです。

以前から興味があった御用邸公園に途中立ち寄り、16:30閉園に間に合うよう急ぎ足で隅々まで見学した後、当初予定ではそのあとまだ深海魚水族館へも行くはずでしたが、一日中あまりに目まぐるしくまわってきた反動かこれ以上見るよりも食べるほうに時間をさこうかと思い直すことになり、その場で急遽海鮮居酒屋で評価の高い駅北口『海老や』を17:30で予約しました。

なめろう、あじフライ、ねぎま串、それにどこへ行ってもそこのメニューにあればオーダーしてしまうポテサラをあてに飲み、最後の〆は海老や名物まご茶なる漁師茶漬けをおいしくいただきました。どうもごちそうさまでした。     y.terai

40数年来念願の河津桜を愛でれました

2024年02月17日

東京で過ごしていた大学生のころ、当時はインターネットなど一般的にその影もなく、レジャーやイベントの情報源はもっぱら紙媒体 かテレビニュース。河津桜の噂は耳にしていましたが、いまほど大々的に取り上げられることもなくそれとなしにやり過ごしているうちに就職で関西に戻ってきてしまいました。

その後季節の風物詩としてマスコミ全般に徐々に取り上げられ始め、ネット社会のいまとなっては全国から多くの人が集まるまでになっています。

わたしも10年ほど前から再び今度こそはと考えだしたのですが、なにせ自然相手だけにこちらの都合とうまくあわず残念に過ごしていました。

そして今年、いよいよ2/21(水)に行く予定を元々はたてていましたが「どうも早いらしい」と、テレビニュースで気づき公式HP等でチェックしもって急遽前倒しを検討。それで夜行バス最後の一席がギリギリとれそうだったので、2/15(金)の仕事を調整し個人的にお休みをいただき2/14(木)京都駅22:58発夜行バス金太郎号で向かいました。

金太郎号は沼津駅に夜行バスあるあるで運行スケジュールより随分と早着。それはまぁ折り込み済みで河津へ7:46に到着できました。

シーズン真っ盛りに来れたので、平日朝8時前にも関わらずすでにそこそこの人出。たくさんある露店がどこも急ぎで開店準備をしていました。河津川沿い上流部まで往復2時間弱、花を楽しんでから駅に戻ります。途中地元のスーパーアオキが出している露店でサンマ寿司ハーフを購入し、駅での待ち時間にいただきました。

 

そして次の目的地下田に向かうべく9:44着発伊豆急下田行きリゾート21黒船号を出迎えます。到着した列車からは途切れることなく下りてくる人々人々の波。そう時間帯的にはこれからなんですネ。

人込みが苦手なわたしは入れ違いでよかったとホッ。

いざ下田へ。河津で空いた先頭車両に乗り込み、展望を楽しむことにいたします。        y.terai

*写真は伊豆急下田駅到着後のものです。なので熱海行き・・・

正月旅③ 広島の多様性を感じる

2024年01月08日

昼前に宇品港に上陸。港前の公園でちょうど消防出初式をされていて横目に見ながら進みます。まずは昼の腹ごしらえ。広島お好み焼きを気取らず地元民向けに営業されている「しんちゃん」でいただきます。豚玉そばあり550円でちょっと昼飲みハイボールってとこでした。どうもごちそうさま。

そのあと大好きな市内電車にゆられ街の中心部へ。次の目的は原爆ドームそば元安橋からのリバークルーズなんですが、30分弱の待ち時間があったので平和記念公園内レストハウスを訪問。ここは映画「この世界の片隅に」で大正屋呉服店として描かれた場所で、その被爆建物を活用した資料館が併設されています。そこで現在の平和記念公園こそが被爆前広島一の繁華街・中島町であり、それが投爆ターゲットになる一因であったことにいまさらながら気づかされました。

そして出港時刻となり乗り込んだクルーズ船は岸を離れ元安川をゆっくり遡り始めました。乗船スタッフの案内を聞きながらほぼ完成に近づいてきた再開発中の紙屋屋町周辺の景色を25分間楽しめます。

下船後は原爆の子の像など平和記念公園北側をゆっくりと散策し、本川小学校平和資料館に伺います。本川小学校では原爆投下により約400名の児童、10名の教職員の尊い命が犠牲になりました。奇跡的に助かったのはわずか2名、その貴重な証言や資料などを目にすることができます。

そして再開発進む街を突き抜け隣接する基町高層アパートにお邪魔させていただきました。以前NHK広島局制作のドラマを見たことがあって、それから気にかかっていた場所です。原爆投下で焼野原になったこの場所に、戦後身寄りや住いを失った多くの人達が居場所を求めて集まり、日本がそして広島が落ち着くまでの長い間、辛抱強くバラックで生活されていました。そこで戦後復興最終段階にようやく都市計画の一環としてそういう方たちの新しい住居に建築されたと理解しています。

ただ入居が始まってすでに50年近くが経過。かなりの数の住民が入れ替わり、建物内の商店街を歩くと隣接の再開発エリアの整然さとは対照的に多種多様なカオスを強く感じます。さぁ失礼のないうちに街に戻りましょう。

次に向かうは別名・鯉城と呼ばれる広島城。広島東洋カープチーム名の所以です。お城は外観をじっくり愛でるのがわたしの流儀。今回も城内には上がりませんでした。そして観光最後にいままで行けてなかった縮景園を散策しました。

この時点で16時ころ。明日からいよいよ仕事はじめ。なのでそろそろ巻きに入ってギアチェンです。

縮景園から八丁堀へ出るちょうど中間地点くらいに、立ち飲み「そらや」があります。辰年正月にふさわしい地酒銘柄・龍勢(竹原・藤井酒造)で、かきぽん、炙りさわら、名物ポテサラなどをおいしくいただきます。

そして八丁堀・福屋百貨店で目星をつけていた「あきもみじ」初め、家族にほんの気持ちお土産を購入し、その足で本通り商店街、袋町、流川、薬研堀とさまよい歩きました。すでに「そらや」でビール、日本酒、自家製梅酒とほどほどにアルコールはいただいていたのと、明日を考え広島駅発19時過ぎののぞみに間に合わせて帰りたいこともあり、最後締めの麺類で好みに合いそうなのを探しました。そこで名物・ねぎラーメンの文句を店先で見つけついつい入店したのが、薬研堀の街中華「龍王」。これも後で気づけば今年の干支つながりでした。なんせ今年、わたしが年男なもんでそうさせたのでしょうか・・・

今回の広島はいつになく地元民っぽくすごせたかなと思います。暮らすように旅をしたい。広島はやっぱり肌に合うようです。   y.terai

正月旅② 肱川あらし

2024年01月06日

前回の正解は「宇和島」。ちなみに泊まったのは八幡浜でした。

で、次の日は八幡浜を予讃線海ルート始発列車で出発!四国でも西寄りの地域なので早朝5:30過ぎはまだ真っ暗でした。

普通列車で1時間ほど、伊予長浜駅で下車。予讃線内子経由の山ルートができるまでは八幡浜-伊予市間では最も大きな街で昭和40年代には短期間ながら神戸や山口上関とフェリーで結ばれていたようです。駅にも急行が停車する国鉄四国管内主要駅のひとつだったのですが、いまとなっては過疎化が進んだうえにこれといった観光資源もなく、優等列車は通らず観光列車・伊予灘ものがたりも通りはすれども停車せずの状況。でもそこがわたしのノスタルジーを揺さぶりツボにはまるのでついつい足を運んでしまう結果になります。

もともと肱川が海へ流れ出る河口の街で、谷筋になる川沿いに山から強風が吹きつけます。特に冬場はきつく肱川あらしと呼ばれています。当日朝もまさしくそうで川にかかる赤橋のうえでは体感的に「ここは波荒れ狂う真冬の北陸日本海か~」と防寒着でも寒さに震えるような状況でした。

 

そんな伊予長浜を陽が登ってきた頃出発、伊予灘の美しい海を眺めながら伊予市へ。伊予市駅前に位置するいよてつ郡中港駅から郡中駅までは電車に乗らずに、地元のパン屋・篠崎ベーカリーで焼き上がりのパンを買ったりしながら街ぶらで進みました。

そして郡中駅からいよでんに乗り込み松山市駅経由で三津へと向かいます。乗った電車が遅れ気味だったようで松山市駅での乗り換え時間はごくわずか、それなのに気配は感じながらも乗ってきた電車の写真を撮りたくなって接続の高浜行に乗り遅れてしまう大失態。

 

これではなから45分しかとれなかった三津の滞在時間がさらに短縮されわずか30分に・・・レトロ三津を左右キョロキョロしつつ超早足で駆け抜け、街のどん突きにある船乗り場へ。そこに目的の渡し舟がちょうど到着しタイミングよく乗り込めました。Oh、旅神よありがとう。これでまた元のスケジュールに戻れましたネ。よかった・・・港山駅-高浜駅はいよてつ電車、接続の連絡バスで松山観光港に。そしてそこからジェット船で70分、次の目的地・広島へ瀬戸内海を渡ります。事前に航路を調べず乗船したので、思いがけず音戸の瀬戸を通り呉の街を遠望できたのがなんとなく得した気分でもありました。    y.terai

正月旅① このお城のある街はどこでしょう?

2024年01月06日

正月旅朝一訪ねたお城です。現存12天守のひとつ、さてこの街はどこでしょう?

お城はたいてい外から愛でさせていただいくだけのことが多く、今回も朝8時前到着で中に入らずじまいでしたが・・・。

40年近くぶりの再訪です。当時は就職を前に何を思ったか八十八か所めぐりをしていました。といっても若気の至りで車を借りての軽い感じでありました。ごめんなさい・・・

今回はお城に行ってから近くのGSでレンタカーを借りました。ギザギザのリアス式海岸沿いに段畑の里〇〇、獅子文六ゆかり小説てんわわんやに描かれる重伝建指定されたて風情ある街並み残る〇〇、石垣の里〇〇といままで地理的に気になっていたところを巡った後、最後の清流を欄干のない橋を行ったり来たりしながら遡って行きました。

そして途中でその支流に入り込み一日数本のディーゼルカーしか停まらないローカル駅ながら併設の温泉施設充実の〇〇で日ごろの疲れを癒します。

さらに20分ほど車を走らせたところに地元出身の山男版画で名を馳せる畦地梅太郎美術館と農業機械メーカー創業者・井関邦三郎記念館があって興味深く拝見。そうこうしてるうちにそろそろ日が暮れ始めてきました。急がなければ・・・正月三が日は過ぎたといえレンタカー屋さんの当日1/4営業時間は18時まで。出発時に念押しされています。さぁラストスパート、急ぎましょう!車で山道を越え再び宇和海にぬけ朝の城下町分家にあたる陣屋町○○の様子を車から見学、そしてレンタカー屋さんに戻りがてら最後の最後に地元で初詣といえば一番にその名があがる和霊神社を参拝させていただきました。道中、無事充実して過ごせたことに感謝です。ありがとうございます。

18時前に問題なく返車。で、ここからはお楽しみの晩酌タイムに突入です!

場所は一献するなら此処と目をつけ予約しておいた穂積亭。この街の名物料理・鯛めし、さつま、太刀魚竹巻など普段味わえない逸品を地酒と一緒に大満足でいただきました。特筆すべきはさっぱりとした味わいのさつま。発酵食になじみ深い滋賀県人には合うんじゃないかと思います。

泊りは明朝始発列車の関係で行きも世話になった特急で少し戻り加減に、ちゃんぽんで有名な港町○○の駅近ホテルでおやすみなさいとなりました。

さて改めてお城の街はどこでしたでしょうか?正解は次回冒頭にて。 y.terai

萩へ

2023年11月01日

長門から萩までは無料開放されている山陰道で快適スイスイ、そして萩IC下りてすぐにJR萩駅があるので立ち寄ります。萩は三角州にできた街でJR山陰線は市街地に入れず川沿いに対岸を走っています。元はこの萩駅が主要駅だったようですが、いまは隣の東萩駅に代表駅の座もゆずり1ローカル駅扱いで数少ない地元客以外利用されることなく駅周辺も含め静かこのうえない環境になっています。

ただそのおかげ?で見てのとおりの歴史ある駅舎が残されいまや登録有形文化財に指定され資料館として活用されています。

萩で40年前に訪れたであろう地区は朧げな記憶をたどると堀内、椿東、藍場川沿いだったと思う・・・

で今回は午後から一泊して翌日昼過ぎまでの時間があるので、萩博物館、明倫館で萩の概要をつかみ、以前訪れていない平安古、浜崎、指月城址に田町商店街は必須で、あと時間が許す限り堀内、藍場川沿いで想い出にも浸りたいと、いつもどおりですがせわしない駆け足旅程で走りぬきました。そのなかでも夜は「MARU」と「どんどん」、翌昼は道の駅萩しーまーと「来萩」で地のものをおいしくいただけたので自分的満足度は二重丸です。

帰りは津和野をひとととおり観光し、山中にいきなり現れる不思議感満載のぬるめ炭酸泉・柚木慈生温泉でさっぱりした後、徳山駅で車を返し最後は街中の海鮮居酒屋「宇佐川水産」で一人打ち上げしてこの度の旅を締めました。        y.terai

追伸;JR徳山駅みゆき口駅舎がTUTAYA(レンタルはなし)、スタバを併設した市立図書館に新しくなっていました。車社会になり地方の鉄道利用者は交通弱者たる学生と老人が主なので、人を集め滞留させ賑わいをつくり出すには物販に頼らないよい考えだと思います。

 

40年経ったのか・・・久しぶりの萩、でもその前に。

2023年10月29日

大学生の時以来、萩を訪ねました。あの街中サイクリングからはや40年近く・・・恐ろしや恐ろしや・・・

朝一、新下関駅でレンタカーを借りてまずは駅近くの長門一之宮・住吉神社に道中の安全祈願を兼ね参拝した後、テレビ番組で見て気になっていた川棚のクスの森に立ち寄りその回復具合を拝見し、自然のもつ生命力に共にとの思いで願掛けをさせていただきました。

そしていよいよ西長門海岸経由で萩へ向かいます。西長門海岸はいまや全国でも指折りの映えスポット観光地。特牛、肥中で佇むのは我一人。それに引き換え角島灯台、元乃隅神社は平日のわりに多くの人でした。時代の趨勢を感じます。本物とは何か?モノの本質とは?そんなことよりいまはまず映え!個人的にはいまだなかなか馴染みませんが・・・   続く             y.terai

 

 

飛騨金山筋骨めぐり  盆旅②

2023年08月16日

木曽御岳山からの帰り行程は、飛騨街道宿場町萩原から馬瀬川沿いに巨石群をチラ見して、宿場町風情とそれ以上に昭和風情を楽しめる街・金山で筋骨めぐりをしてきました。

筋骨とは民家のすき間に張り巡らされた細い路地のこと。それとセットであちこちに生活用水としていまでも使われている共同清水なんかもあり昭和風情満載です。

街道沿いのお家の裏にまわると、写真のように水路が流れそれと並んで路地(筋骨)が続いています。そしてさらにその水路と路地(筋骨)の真上に土地を有効活用すべくなのかマジソン群の橋のような空中小屋が設置されているんです。なので大人がこの路地を通る時は頭上注意でところどころ背をかがめながら進まなければいけません。こんな景色がこの路地(筋骨)では数軒連なり、建物が途切れたところには共同清水があったりしてとてもわたしの琴線に触れてしまいました。他にもとうの昔に廃業された銭湯が開放されていたり、懐かしい感じのドライブイン風レストランで食事できたりと昭和高度成長期に生まれ育ったわたしには瞳ウルウルその風情にどっぷり浸かれる比類なき希少性の高い街でした。

しかし筋骨上に浮いているような空中小屋建物群はどれもかなり老朽化しておりいつまでこの風景が残されるかと気を揉んでしまいます。よそ者ながらこの風景がこの先も守られていくことを期待せずにいられません。   y.terai

木曽御岳さんへ  盆旅①

2023年08月15日

台風7号接近で泣く泣く泊りを日帰りに旅程変更し行ってきました。

朝早く大津を出れば岐阜中津川に8時前には着けます。駅近くでレンタカーを借りていざ木曽路へ! 時間に余裕があれば中山道の各宿場に立ち寄りながら御岳山の入り口・木曽福島まで行きたいところですが、今回は御岳山の山中を横切り飛騨へ抜け飛騨川沿いに下って岐阜駅で20時には車を返さなければならないという、日帰りにしては割と長距離ハードプランになってしまったのであきらめます。といっても野尻宿だけは通りすがりで雰囲気を楽しみましたけど・・・

道の駅・木曽福島木曽市場の朝食バイキングで腹ごしらえをし、旅程的にこのあとめぼしいものが手に入れられるか??だったので、まだ助走区間ながらもいまが旬の開田高原産とうもろこし(品種グラビス)をお土産に買っておきます。

そしていよいよ御岳山へ足を踏み入れるのですが、頂上の御岳神社本宮は無理にしてもせめて里宮でおやまにご挨拶しておかなければとまずはお参りを済ませます。そして開田高原、日和田高原経由で、早速にして最大の目的地・濁河温泉へ向かいます。

濁河温泉は標高1800mにある日本でも有数の高所温泉地。それも季節限定ながら気軽に利用できる市営露天風呂があります。この浴場にずっと行ってみたかったのですが、8月以外はテライ電器と同じ水曜が定休でいままで行けずじまい。でようやく念願かなってという運びなんです。それも直近になって台風で最悪またしても・・・が頭をよぎった末のことであり、台風前の晴天に迎えられ喜びひとしおでした。写真は簡素な造りの建物入口、さすがに露天風呂自体は先客のご同輩が数人おられたので撮影NG、興味があるかたはHPとインスタが用意されているのでそちらをご覧ください。

待望のお湯でゆったりと心身をほぐした後、車中から御岳山を左側に眺めながら飛騨小坂へと下ります。トップ掲載の写真はその途中の溶岩流展望所で撮った一枚。雲がかかった頂上はさておき注目してほしいのは麓に向けての濃い緑部分。こちらは6万年前御岳・摩利支天山が噴き出した溶岩流跡でこれから行く巌立まで総延長15kmも続いています。実際にその場で眺めながらさらに古代へと想像をはたらかせるとそれは圧巻でした。

巌立峡はマイナスイオンたっぷりの三ッ瀧まで手軽に往復できます。紅葉や新緑もよさそうですがいまの時期も涼しさを感じられおすすめです。途中の下島温泉と近くの湯屋温泉では炭酸泉のお湯を飲用でき胃腸改善に効果があります。まぁ、良薬なんたらでおいしいものではありませんでしたが・・・    続く       y.terai