能登を思います②
今回のルートは、夜行バスで早朝に金沢駅到着、JRで口能登近くの宇野気まで行きそこでレンタカーを借りて、気多大社⇒妙成寺⇒福浦集落⇒能登金剛⇒黒島集落⇒総持寺⇒輪島市街⇒白米千枚田⇒珠洲市街⇒見附島(軍艦島)⇒宇出津市街⇒穴水駅とその日の夜まで廻らせていただきました。

いままで訪ねる機会がなかった輪島門前地区。重要伝統的建造物群保存地区指定の黒島集落、曹洞宗大本山総持寺祖院にはずっと以前から訪問を熱望していたのですが、今回このようなことで足を踏み入れさせていただくことになろうとは・・・。
総持寺祖院の拝観は建物の損壊激しくいまだ平常通りにできませんが、受付でお断りすればパンフレットまでいただいたうえで快く境内を回らせていただけます。明治の大火後に横浜鶴見へ移るまでは、こここそが永平寺と並ぶ曹洞宗大本山であった風格が建物こそ傷みさえすれあちこちから感じられます。
門前から輪島市街へは直通路が復旧できていないので、穴水方面へ大きく迂回するかたちで向かいます。輪島市街では大地震でシンボリックに報道された河井小学校前交差点、崩壊し倒れ込んでいた輪島塗の会社ビルは犠牲者を出した隣家とともに公費解体されていました。そして続けてその奥に朝市通り建物火災跡の更地が広がっていました。

ただ災害報道の中心であった輪島市街、珠洲市街の被害の大きさはテレビや新聞で事前に知らされていたのでわりと冷静に受け止められたのですが、それ以上に衝撃と深刻さを感じたのが珠洲市街から5キロほど離れた鵜飼集落でした。珠洲では飯田に次ぐくらいのわりと大きな集落であったはずですが、中心市街地のようには鉄筋・鉄骨製建物はなかったと思われ、残っている家屋は本当に少なくほぼ更地が広がっている状況でした。見附島(軍艦島)へは主要道である内浦街道で幅20Mほどの鵜飼川を橋で渡れば5分かからず行けるはずなんですが、肝心の橋が崩壊したままで通れず集落外れを通る国道へ迂回しなければ行けませんでした。その軍艦島も舳先が崩れてしまっています。

自然の脅威に一瞬で消えてしまうひとの営みのはかなさと、それとは裏腹などん底から再び立ち上がろうとするひとの芯の強さを、いまの能登には感じれます。能登早期復興への願いをより強くするとともに、日本各地で繰り返されてきた事象なだけに明日は我が身と真剣に考えさせられる一日となりました。 y.terai
追伸;いまわかったのですが鵜飼集落は大地震による津波被害がもっとも大きかったようです。時事通信社が災害直後の鵜飼集落の状況をドローンによる空撮映像でユーチューブにあげています。 3/30









