地元で御神火と崇められる活火山「三原山」のある伊豆大島へ行ってきました。
さるびあ丸で、東京竹芝から朝6:00に岡田港へ到着。さぁ大地の力あふれる伊豆大島を巡りましょう。






y.terai
地元で御神火と崇められる活火山「三原山」のある伊豆大島へ行ってきました。
さるびあ丸で、東京竹芝から朝6:00に岡田港へ到着。さぁ大地の力あふれる伊豆大島を巡りましょう。






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今回の旅のもう一つの大きな目的がひめの餅!新庄村特産でその前評判はきめ細かく伸びがよく日本一おいしいかもと期待させられる逸品。
餅好きのわたしの垂涎の的。それも実は一昨年冬に現地で食べそこなっているので今度こその想いがひとしおでした。
そこで道の駅併設の食堂でいただいたひめっこ善哉とひめっこ雑煮。このお餅は、でしゃばることなく他の食材と一体になって雑煮なり善哉をつくりあげてるなと感じられました。普段パック餅に食べ慣れている口には、もったいなかったかもしれません。
それでその特別感をまた自宅でゆっくりと味わえるようにとパック豆餅を自分用に購入しておきました。焼餅にしてみようかなと考えています。 y.terai
今回のルートは、夜行バスで早朝に金沢駅到着、JRで口能登近くの宇野気まで行きそこでレンタカーを借りて、気多大社⇒妙成寺⇒福浦集落⇒能登金剛⇒黒島集落⇒総持寺⇒輪島市街⇒白米千枚田⇒珠洲市街⇒見附島(軍艦島)⇒宇出津市街⇒穴水駅とその日の夜まで廻らせていただきました。

いままで訪ねる機会がなかった輪島門前地区。重要伝統的建造物群保存地区指定の黒島集落、曹洞宗大本山総持寺祖院にはずっと以前から訪問を熱望していたのですが、今回このようなことで足を踏み入れさせていただくことになろうとは・・・。
総持寺祖院の拝観は建物の損壊激しくいまだ平常通りにできませんが、受付でお断りすればパンフレットまでいただいたうえで快く境内を回らせていただけます。明治の大火後に横浜鶴見へ移るまでは、こここそが永平寺と並ぶ曹洞宗大本山であった風格が建物こそ傷みさえすれあちこちから感じられます。
門前から輪島市街へは直通路が復旧できていないので、穴水方面へ大きく迂回するかたちで向かいます。輪島市街では大地震でシンボリックに報道された河井小学校前交差点、崩壊し倒れ込んでいた輪島塗の会社ビルは犠牲者を出した隣家とともに公費解体されていました。そして続けてその奥に朝市通り建物火災跡の更地が広がっていました。

ただ災害報道の中心であった輪島市街、珠洲市街の被害の大きさはテレビや新聞で事前に知らされていたのでわりと冷静に受け止められたのですが、それ以上に衝撃と深刻さを感じたのが珠洲市街から5キロほど離れた鵜飼集落でした。珠洲では飯田に次ぐくらいのわりと大きな集落であったはずですが、中心市街地のようには鉄筋・鉄骨製建物はなかったと思われ、残っている家屋は本当に少なくほぼ更地が広がっている状況でした。見附島(軍艦島)へは主要道である内浦街道で幅20Mほどの鵜飼川を橋で渡れば5分かからず行けるはずなんですが、肝心の橋が崩壊したままで通れず集落外れを通る国道へ迂回しなければ行けませんでした。その軍艦島も舳先が崩れてしまっています。

自然の脅威に一瞬で消えてしまうひとの営みのはかなさと、それとは裏腹などん底から再び立ち上がろうとするひとの芯の強さを、いまの能登には感じれます。能登早期復興への願いをより強くするとともに、日本各地で繰り返されてきた事象なだけに明日は我が身と真剣に考えさせられる一日となりました。 y.terai
追伸;いまわかったのですが鵜飼集落は大地震による津波被害がもっとも大きかったようです。時事通信社が災害直後の鵜飼集落の状況をドローンによる空撮映像でユーチューブにあげています。 3/30

能登の度重なる自然災害後、マスコミの報道だけで現地の生の状況がずっと気になっていました。
能登にはわたしなりにいくつかの思い出があります。
高校生の頃、鉄道好きの友人3人で国鉄と路線バスを乗り継ぎ真冬の半島を一周した思い出。波の花を初めて目にしました。そして帰るころには大雪になり、金沢から乗る予定の夜行急行きたぐにが相次ぐ他列車運休のなかどうなるか果たして帰れるのかしらと心細く思案していたなか大幅に遅延しながらも深夜に到着、それで満席すし詰め座れずにようやく出発したのはよかったのですが、今度は途中の南条駅で何時間も足止めされ淀む空気の車中で心身ともに疲れはて気分が悪くなりホームに出て降り積もる雪のなかへたりこんでしまったのを想い出します。さらにようやく帰れはしたものの輪島の朝市で家族へのお土産にと買っておいたわかめがビニール袋のなかで台無しになってしまっていてがっかりでした。
また大学生の頃、サークルの夏合宿が富山・氷見であったので、野郎ばかり数人で車を借り能登まで足を伸ばし、当時の国鉄輪島駅で野宿をした思い出もあります。当時は誰もが運転免許取りたてで、能登金剛あたりと千里が浜なぎさドライブウェイでトラブったような記憶が残っています。
そんな苦い思いをしながらも、その後も迫力ある七尾の青柏祭を拝見したり、和倉温泉にゆったり浸かったり・・・。と再訪しているのは荒々しくもそれ以上に優しさを感じられる能登に惹かれてのことだったかといまになって感じています。やっぱり「能登はやさしや土までも」ですね。そして春になったらまた一人ぶらりと行ってみようかとプランニングを進めていた矢先での災害発生でした。
それで店では少しでも復興の力になれればとパナソニックフェア記念品に能登産品を採用させていただいたり、忘れてはいけないと目立つところにメッセージボードを掲げたりしてきましたが、現地に赴くのは復興ボランティアに参加できるわけでもなくその様子を遠目に拝見するだけでは被災された方々に失礼極まりないと考えいままで自重してきました。
しかし大地震から1年、そして豪雨災害からも半年近くが経ち主要道路も繋がりつつある現状を知り、復興の邪魔にならない程度であれば旅人も受け入れていただけるのでは、そして現状を知ったうえで能登復興の思いをより強くもてれば許していただけるのではと勝手な考えが芽生え、恐る恐るながらも先日日帰りで訪ねさせていただきました。 続く y.terai

ちょうど今年が創業70周年でその当たり年。毎回、仕事の都合が比較的つきやすい2月に行くようにしています。
それで社員研修とかこつけさせていただいていましたが、2/18・19で広島へ行ってきました。
なかには広島が初めてのひともいるので広島の基本のきを押さえます。1日目は皆で八丁堀から本通り商店街経由で平和記念公園へ向かい途中に昼食で広島焼、平和記念公園散策後は一旦自由行動にして、夕方宿泊のホテル集合で流川近くの郷土色満載の居酒屋で楽しみました。2日目は朝から皆で宮島へ行き そろって厳島神社参拝後、昼食にあなごめしをいただき、その後は帰りの新幹線にあわせて夕方に広島駅集合で再び自由行動。とこんな具合に定番をおさえながら、各個人の好みもあるので自由時間をたっぷりとったスケジュールでした。
皆さんそれなりに楽しめたようでよかったのですが、予想外で残念だったのが広島平和資料記念館(通称;原爆資料館)が休館だったこと。先に日程が決まっておりすっかり年中開館とも思い込んでいたので調べることなく、行ってみて初めて知り愕然、呆然・・・。
後の祭りながらwebサイトで確認すると年末2日間と2月中旬の3日間に限り休館されるようです。そこにズボッとハマってしまいました。
ここと宮島はマストと考えプランしていたにも関わらず、よりにもよってわたしのヌケサクぶりを露わにしてしまいました。Uuuu・・・。世の中に絶対はないのだと平和都市広島で改めて思い知らされました。
スタッフには戦争の悲惨さ、愚かさと平和のありがたさをストレートに肌身で感じずにはいられない資料館にはぜひ行く機会をもってもらいたいと願っています。 y.terai


米原の井筒屋さんがこの2月で閉業されるとの報道を受け、懐かしさに癒されたく居ても立ってもいられなくなり先日お伺いしてきました。
子供の頃は当たり前のように国鉄の主要駅にはその土地ならではの駅弁がありました。私が住む大津駅でも駅弁がつくられ売られていたんですよ。そう萩乃家さんでした。
その当時の時刻表にはページに掲載されている鉄道線にひもづけて、その欄外に駅名と販売されている駅弁名が所狭しと並んでいたものでした。そしてそれらを眺めては旅の妄想を膨らませてましたね。
コンビニやホカ弁などなく、スーパーですら箱詰めの弁当が売られていたかどうか・・・そんな時代に生まれ多感な時期を過ごしたものには、駅弁や駅そばがひとつ減りふたつ減りそしていよいよ絶滅危惧業種になってしまっている現状が寂しくてしかたありません。
当日お昼は米原井筒屋の代名詞である「湖北のおはなし」ときつねうどんを井筒屋キッチンでありがたくいただき、そしてお土産に予約していた「鱒寿し」をその晩に家族で食しました。
Ah~、でもご苦労様でした。ありがとう、おいしかった・・・ y.terai
追記;井筒屋さんの他に、敦賀・塩荘さんの「鯛の舞」が映っているのは午前中に三方五湖へカモなどの渡り鳥に会いに行ってたからですね。まぁ、思い出にご愛敬ってところでよろしいかと・・・一緒に納めた一枚でした。

エンジェルロードを部屋から眺められる宿に泊まり、朝の引き潮の時間帯に島へ渡りました。
これが近くからはひとつの島に見えていたのですが、このあとお伺いした眺望抜群の西之瀧さんから見ると3つの島であることがよくわかり驚きでした。何事も遠近両方で見ないと本質はわかりにくいのですね、勉強になります。
前日に迷路の街「土庄」はレンタサイクルで十二分にうろつきまわったので、今回の旅の最大目的地「オリーブ公園」に向けレンタカーを借り9:00に土庄の街を出発です。
その途中、地元で敬われ親しまわれている巨樹としてNHKで以前に紹介された土庄郊外・宝生院のシンパクさんが気になっていたので、お会いしに立ち寄りました。
そうして朝一に神聖で清々しくありながら力強い生命力を感じるお姿や周りの空気に触れ、すっきりした心持ちでオリーブ公園へ向かいます。ここは同行した娘たっての希望があった場所。芝生の丘に建つ風車をバックに貸出の箒に乗り、「魔女の宅急便」の主人公気分に写真が撮れます。が・・カメラマンがド素人のわたしなので数えられないほどのtakeを重ねたのでした・・・トホホホホ・・・。
このあとは前出の西之瀧さん立ち寄り後、棚田広がる中山集落を眺めながらホッコリ滋味あふれる食事のできる「こまめ食堂 」で棚田のおにぎり定食をいただきました。小さいながらも鯛の素揚げがまるまる一匹ついており、棚田米とあわせてわたしの体は満足にフル充電状態となりました。さぁ次の最終章へLet’s go!です。
コース最後のデザートはわたしの大好物・趣ある街並みめぐりで、「醤の郷」と呼ばれる馬木と苗羽の集落を訪ねました。そこでの街ブラ後は、醤の郷から車で30分ほどかかる出港地福田のフェリー時間にあわせて「小豆島酒造cafe」で抹茶オレをいただきながらのんびりと島時間を振り返りました。
そして福田港から、Ahaaa・・・・明日から仕事だな・・・小豆島よまた逢う日まで、ゆったりほっこりを残しておいてねと願いつつさよならしました。 y.terai