甲信旅⓶ 小淵沢と小諸

2026年05月16日

今回の旅の起点は小淵沢。駅近くのトヨタカーシェアで車を借りました。

わたしのようなブラリひとり旅派にはカーシェアはとても便利で、最近よく活用します。                                             メリットはまず拠点が多いこと、エッこんなところにもあるのってことがわりとあります。                                              それに好きな時間に乗れること。今回も朝6:30スタートでした。レンタカーだと営業時間にしばられそうもいきません。空きがあれば当日直近でも予約できるのもいいですし、15分単位の短時間利用OKもありがたいことです。             さらにガソリン補充なしで戻せるので時間制約のある旅先ではとても助かります。

当日は先にあげた八ヶ岳山麓を回った後、駅からみると反対側の甲斐駒山麓サントリー南アルプス工場の杜をガイド付きでご案内いただいてから小淵沢駅に戻り、駅では名物駅そばの馬肉・舞茸入りをかきこみ、家族リクエストの信玄餅を忘れないように購入して、いよいよ次の目的地、終点・小諸へ向け出発!40年ぶりの小海線をゆっくり2時間ほど楽しみました。

小諸では閉園時間が迫っていたので懐古園(小諸城址)へ急ぎます。園内の100周年を迎える動物園にもギリギリ間に合いました。小さな町の小さな動物園、長年愛されてきた様子をシミジミ感じられちょっとした幸せ時間を過ごせ

小諸市動物園のペンギンたち

ました。

懐古園を出てからは、線路反対側の市街地(旧城下町・宿場町)を時間許す限りじっくり歩いてまわります。それが思いのほか風情が残っていて、よい意味で予想を裏切られました。地元民に反感を買いそうですがわたし的には新幹線通らなくてありがとうでした。まぁ世間にはそんな思考(指向)のやつもいるということでどうぞお許しを、 大目に見てやってください。  y.terai

追伸;山梨へ行ったら食で個人的に外せないのが「かぼちゃほうとう」。旅の初期計画段階では甲府駅前で食したことのある、ローカルチェーン小作の清里店でと思っていたのですが、営業時間と当日スケジュールの兼ね合いで難しかったので、小諸あたりでどうかなと探してみました。わたし的には山梨も長野も甲信越とひとくくりでよく語られるのでその風土に大差なく食文化も似ており、それこそ小海線でつながっている佐久平から小諸の東信地域なら、ほうとうを食べさせる店はゴロゴロあるじゃろと予想していたのですが、甲斐と信濃では違うようでした。ようやく見つけた一軒が岩村田にある「和食屋・あい膳」。小諸から小淵沢に少し引き返す体になりますが、晩飯はここで決まりと小海線で往復しました。念願のほうとうの他、こごみなど春山菜もいただき日常にない鄙の贅沢を感じました。どうもごちそうさまでした。

 

甲信旅⓵ 想い出を胸に、八ヶ岳山麓小海線を旅しました

2026年05月15日
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中学卒業時、記念にと野郎数人で富士急ハイランドへ行きました。寝台急行銀河から身延線に乗り換え向かったのを覚えています。その時になぜかしら?誰の発案だったのか・・・多分その呼び名だけで選ばれた何も見るもののなさそうな、そして実際すぐに折り返し立ち去った「小海線・乙女駅」のホーム駅名表示板の前で集合写真を撮ったのを懐かしく思い出します。

そして次に清里。わたしが大学生の頃、清里は「高原の原宿」と呼ばれ、ファンシーな建物が立ち並びタレントショップを初め若者が溢れかえり高原イメージらしからぬ大変なことになっていました。かくいうわたしも当時は東京で学生生活を送っていたので、乗り遅れまいと友人と出かけて行ったものです。そしてその清里で生まれて初めて50ccバイクに乗車。それが無謀にも普通免許取り立てかつ50ccバイクの運転の仕方など皆目知らないくせに、若気の至りでレンタルバイクを借りて走らせたのです。その結果案の定というか砂利道のカーブでスリップ転倒し、顔面、手足にかなりの深い傷を負うことになってしまいました。まだ当時はおおらかな時代でしたので、大騒ぎにならずその点は助かりましたが、東京に戻りその後しばらくひたすら痛みと顔の傷への恥ずかしさにひとり耐え忍ぶはめになったのを思い出します。

また大学2回生の夏休みに、八ヶ岳山麓・信濃川上村レタス畑で住み込みバイトを経験しました。ただし早朝3時過ぎから中腰での刈り取り作業は、当時の世間知らずでもやし野郎のわたしに耐えきれるわけもなく何やかやと理由を付けて早々に退散させていただくこととしました。その後大人になるにつれ、当時とても周りに迷惑をかけていたことを思い出しその申し訳なさをひとつの教訓とし生かすようには心掛けてきました。そして今回は清里の近くでもありますしこの機会に行っておかなければこの先ないであろうと、記憶もかなりうすれているなかでありましたが、お世話になった居倉集落をいまの自分の立ち位置から振り返りながら懺悔の心持ちで訪ね歩きました。  y.terai

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清里・清泉寮

大阪野田あたりを、ぶらりしてたら・・・

2026年03月20日

3/6に大阪中之島グランキューブで パナソニックショップ関西地区の集まりがあり、それが昼からだったので馴染みのうすい野田あたりをぶらついてから行きましょうと9:30頃に阪神野田駅を下車。

「ほぉ~こんな雰囲気か」と阪神電車高架下の機械工具街をしばらく進んで、ヤマダ電機のところを右折するとどうやら海老江の町域に入ったようで、そこにはりめぐらされた路地迷路をあてもなく彷徨うと、なぜに石畳?ザ昭和ちっくないまや住む人のないアパートなど、ひと昔前の大阪下町にタイムスリップした感じが味わえました。

海老江 石畳路地
海老江 昭和なアパート

淀川端までぐるりと海老江をひとまわりし野田阪神へ戻り中之島方面へ向かうのに新橋筋商店街を目指します。それで野田阪神の高架下をくぐって横断歩道を渡ったのですが、そこでふっと案内板が視界 にはいりそれをよく見てみると、パナソニック創業者、我らが精神的支柱「松下幸之助翁」の創業地がこの野田にあるというではないですか!なんという奇遇!運命がわたしをここに引き寄せたのでしょうか?まぁそれはあまりに大袈裟ですけど・・・

それで出世商店街を名乗る道を進んでいくとたどり着いたのが、写真の記念碑が立つ場所になります。

そのように当初予定になかった、けれど自分的には喜ばしい寄り道をしたので元々ここもと思っていた福島あたりはぶらつけませんでした。次の機会にとっておきましょう。

まぁそれはそうと、うちと松下さんの強いご縁を感じずにはいられない出会いでした。   y.terai

 

 

 

東へ

2026年02月28日

常磐へ。この世に生を受け60数年経過しているのに、行く機会のなかった北茨城と福島浜通りへ念願かなっていよいよ足を踏み入れることができました。

前日は土浦泊り、夜は居酒屋で季節ドンズバの「あんこう尽くし」でお腹を満たし期待を胸に熟睡。

そして早朝から石岡で昭和レトロな街並み巡りを楽しんでから、朝8時を待って駅近くのトヨタレンタカーで旅の相棒を借り常陸太田鯨が丘へ。ここでもわたしの子供時分を感じさせてくれる空気を思いっきり吸い込んで徐々に自分なりにエンジンをかけていきます。

日立製作所創業小屋

そして次に尋ねたのは日立製作所オリジンパーク。電器屋で生まれ育ちそして携わってきた自分としてはここまで来たら行かないわけにいかないかなと・・・。小平浪平(おだいらなみへい)創業者に敬意を表しながらもいまのパナソニックの現状を鑑み複雑な想いで、資料館、創業小屋を一巡させていただきました。

日立からは北茨城・五浦海岸に立ち寄り、やっぱっし常磐といえばココは外せないでしょの「常磐ハワイアンセンター(現在;スパリゾートハワイアンズ)」へ向かいます。せっかくなので13:30ポリネシアンサンライトカーニバルに間に合うように温泉入浴と合わせてスケジュールを組みました。ただし料金から考えれば巨大プールゾーンを存分に楽しまなきゃ元は取れない感じです。といってももうひとつの絶対目的地「白水阿弥陀堂」の拝観時間(冬季最終受付15:15)との兼ね合いや、ココで一人ウォータースライダーといってもネ~ってことで、ショーの余韻にしたりながらお昼ごはんも食べず足早に出発しました。

そしてジャーンどうだ!「国宝・願成寺白水阿弥陀堂」。その存在を知ったのは正直この旅をプランニングし始めてからなんですが、いわきといえばフラダンス一色であったわが脳みそは見つけた瞬間にモロ衝撃を受けました。いわきにこんな清清しいところが・・・故に余計にご縁を感じ絶対行く!って運びに・・・浄土庭園と御堂の見事な組み合わせ、えもいわれぬ美しさにうっとり。そしてさらに堂内の阿弥陀様の優美さに心が洗われるひと時を過ごせました。

それなのにnext scheduleは超俗的な「バレンタインジャンボ宝くじ」の購入、この落差に自分ながらトホㇹ・・・ですネ。というのもこれは学生時代から耳にしていた「大黒様の宝くじ売り場」がいわきの中心市街地・平にあるからなのですヨ・・・なんか申し訳ない気分ですが、残念ながら俗世を生き抜く我が身なので仏様に許しを乞い割り切ってバラと連番を一組づつゲットしておきましょう。そして3/16月の抽選日まで雑念捨てて粛々と生活をいたしましょう。

あと福島太平洋沿岸・浜通りまで来たなら、もうひとつ気になっていたのが2011年3月11日に発生した東日本大震災関連施設。いわき市も震度6弱、最大8.57Mの津波にみまわれたそうです。津波遺構があれば最も実感的教訓として胸に刻めるかなと探してみましたがその日のうちに足を伸ばせる範囲になさそうだったので、少しでもの想いでいわきで最も被害が大きかった薄磯地区に建つ「いわき震災伝承みらい館」を訪ね申し訳程度ながら学習させていただきました。

そして日立駅19:00発の特急ひたちに間に合わせるべく小名浜経由で常磐道をひたすら走らせていたら、「事故のためただいま北茨城IC-高萩IC通行止め」の情報が飛び込んできてしばらくすると高速道で足止めされる事態に・・・。ぶらり旅恒例のトラブル試練がここにきて襲ってくるとは予想だにしていませんでした。

以前秩父へ行く時に乗った西武鉄道特急「ラビュー」、その斬新かつ快適な車両デザインに魅了されたこともあり、そのデザイン担当の建築家・妹島和世さんが故郷日立で設計なさった目の前全面海で評判になっている日立駅併設「シーバーズカフェ」に最後の最後寄ってアルコール片手に旅のフィナーレとしたい。の想いがあったので一歩も進めないこの状況に気があせりまくります。

が、阿弥陀様のお力でしょうか、30分ほど待たされはしましたが事故処理が終わり車が流れ出し無事に車を返した後「シーバーズカフェ」でなんとか30分程度〆の時間を楽しめました。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」うちは浄土宗なので10回唱えましょう。ありがとうございました。 y.terai

 

西へ

2026年02月27日

 

長崎へ。ランタンフェスティバルなど。

西九州新幹線開業で長崎駅が新しくなってからは来れてないので、駅周りが大きく再開発され生まれ変わったnew長崎を楽しみに訪れました。

その反面バランスをとるわけでないですが、今回は原爆資料館、平和記念公園それに浦上天主堂を訪ね、現在の世界情勢とも照らし合わせながら、戦争の不条理な悲惨さや無念そしてあらためて平和の大切さに想いを馳せながら過ごしました。y.terai

 

福済寺

勝運、馬の神様「藤森神社」にお参り

2026年01月24日
先日、パナソニックショップ会で大阪京橋まで行く用事があったので、京阪電車で大津から京都三条乗り換えで向かいました。(そうなんです。大津から大阪へ行くのは、JRが早くて安くて便利なんですが、京阪でも行けるんです。いまでこそ間に京都市営地下鉄をはさみますが、わたしのこども時分よりはるか前からこの経路はあって、直通列車びわこ号が運用されていたくらいなんですよ。)途中、毎年正月にお参りさせていただく商売繁盛「伏見稲荷」さんに詣でたあと、京橋・OBP11:45の集合時間にまだ間に合いそうだったので、急遽藤森さんにお伺いしました。

5/5の駈け馬行事で知られるお宮さんで、午年の今年はマスコミでなにかと取り上げられることが多く、「そういゃ~、わたしゃ生まれてこのかたお訪ねしたことがなかったな・・・」と思いおこし、午年らしく何事も馬九いくようにとお参りさせていただいた次第です。     y.terai

徳島旅②

2026年01月11日
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貞光では日程的にゆとりができたので、剣山山麓の自然が創り出した土釜と鳴滝も見物。その後、阿波池田近郊の温泉宿へのつもりでしたが、貞光を出たのがまだ15時過ぎで時間を持て余し気味。そこで思い切って翌日午前に行く予定であった奥祖谷「重伝建・落合集落」へ向かうことにしました。

この判断があとで大きな後悔を生むことになろうとは・・・、その時はそこまで思いがいたりませんでした。JAFさんお世話になりありがとうございました。皆さんもご注意ください。徳島はじめ四国の冬の天候は平野部と山間部で雲泥の差です。山間部ではスノータイヤですら克服できない道があります。旅先でありがちな考え「せっかく来たんやしな、まぁ大丈夫やろ。あかんかったらどうしようもなくなる前に引き返したらええんよ。」は危険です。正確な情報収集に努め、適切な判断をなさってください。

周りに迷惑かけ苦労の末、20時過ぎに宿に到着。ほっこり温泉につかりながら反省し、翌日に備え早めに就寝しました。

翌日は安心安全な平野部だけを走行。阿波一之宮「大麻さん」で初詣、藍の館と人形浄瑠璃劇場で徳島の文化とその成り立ちについてお勉強、途中お昼に徳島ラーメンをいただきました。

鳴門で借りたレンタカーは徳島で返します。トヨタレンタカーは都道府県ごとに運営会社が違うので一律には言えませんが、他社と比べて乗り捨て(ワンウェイ)に有利性があるようです。鳴門ー徳島だと別料金はかかりませんでした。

徳島営業所は旧市街にあるので、15時半頃に返してからは街ブラです。時間的に人気のない歓楽街・秋田町から歩き始め、わたしが子供の頃は丸新百貨店を中心に高松や松山に負けず劣らず賑やかな人通りがあったであろう新町商店街、いまは残念ながら四国県庁所在地他3都市に大きく水をあけられ閑散としていました。そして徳島の象徴「眉山」をロープウェイで往復してから、帰りの高速バスが出る徳島駅前まで歩いて向かいます。18:30発まで90分ほどあるので、以前も立ち寄った居酒屋「安兵衛」でできるだけの徳島を食します。まぁ世間一般にはまだ正月休み中なので、全揃いとはいきませんが、うつぼの唐揚げや鯨のユッケ、すだちハイボール、鳴門金時芋焼酎などいただきました。

結局今回は、奥祖谷「重伝建・落合集落」まで行きつけなかったので、徳島にお詫びを兼ねてGW頃に再訪できればと考え中、但し次回は予算の関係で日帰りになりそうですが・・・

免許返納までJAF会員であることを誓う「ヒトに支えられ生きている」を改めて実感した今回の一人旅でした。                       y.terai

追伸;今回、川沿いに遡り旅した吉野川は別名「四国三郎」と呼ばれることがあります。坂東太郎(利根川)、筑後次郎(筑後川)に次ぐ日本河川で三男ということです。これら河川は流域面積広く、暴れ川として知られました。そいじゃ、続きはないのかと調べると、越乃四郎(信濃川)、陸奥五郎(最上川)とありました。過去に大きな氾濫被害にあわれているからなので恐縮でありますが、日本人古来のユーモアを感じずにいられません。

写真は吉野川河口でまさしく海とつながろうとしています。旅のフィナーレに訪れました。さすがサブローですね。

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徳島旅

2026年01月05日

今回の年末年始休み(12/31水定休~1/4日)は、わたしにとって曜日の並びが都合よくなかったので、ひとりで遠出しにくいなどうしようかなと年末ギリギリまで迷っていました。さすがに大晦日と元旦は家族一緒に過ごしたいし、年始は定休曜日の加減で元旦除くと3日間しかないうえに最後が土日にかかるのか・・・。旅の目的地は興味を持てるテーマのある地域で、さらに大津より温暖がよいし、疲れ果てての正月明けは避けたいので片道3時間まででスタート地点へ行けて、年始でもあまり混んでなさそうなところ・・・それにできれば温泉も・・・。

そうだ、徳島吉野川沿いを遡ってみよう、谷地にあるマチと高地にあるソラと呼ばれる集落の対比、藍やタバコで栄えた風情漂う卯建のある街並み、そしてその財力を基にこの地で育まれた文化である阿波踊りや人形浄瑠璃・・・、温泉も全国的に無名ながら効能ありそうなのがちらほら、食べ物も徳島ラーメン、半田そうめん、祖谷そばと好きな麺系パラダイス・・・。よっしゃ、徳島へ行こうとクリスマス前にようやく重い腰をあげました。が、はたして正月にかかる日程でそれも出発約10日前に行き帰りのバス、現地でのレンタカー、宿泊の全てを手配できるのか・・・。あかんかったら寝正月やな、まぁそれはしゃーないな・・・。

そんな心配をよそにおかげさまでて全ての予約がうまくとれ、1/3当日大津を朝5時半頃JRで出発、神戸舞子 で高速バスに乗り換え目的地域出発点である鳴門に8時半頃に到着。高架にある高速鳴門バス停からは無料スロープカーで地上の観光案内所前に降り立ちます。

そして観光案内所前のトヨタレンタカーで2日間旅の相棒となる冬タイヤ仕様の軽乗用車を借りていよいよ出発!まずは吉野川中流域鴨島を目指します。何があるの?って。それはね江川湧水源と江川鴨島公園だよ。

江川は全長10kmに満たない鴨島の街中を流れる、見た目は何の変哲もない吉野川水系の川。ただし江川の生立ちは興味深くて、近くを流れる吉野川の伏流水が唐突にそこで湧き出していて、それもなぜか冬温かく夏に冷たい水。その流れを街中に堰止めるようにつくられたのが江川鴨島公園でそこには渡り鳥かな?詳しくないけど水鳥たちが気持ちよさそうに群れをなしているんだよ。

ボーと水鳥達と過ごせる贅沢な時間は、残念ながら旅人には長くもとれず、次は悠々と流れる大河・吉野川を堪能すべく、川島・岩の鼻展望台へ向かいます。そこからは吉野川に多くかかる潜水橋のひとつ「川島橋」を眺められます。四万十や仁淀の高知では沈下橋と呼ぶのですが、この辺では潜水橋なんです。 ちなみにここの川中島は日本一広いらしくて、肥沃な耕作地になっていました。

「川島橋」からその広い川中島を横切りもう一本の橋を渡ってしばらく行くと、重伝建指定・卯建の上がる街「脇町」に到着、ここでは街ブラして西田敏行主演『虹をつかむ男』の舞台になった脇町劇場オデオン座に立ち寄りました。そして潜水橋「脇町橋」経由で再び吉野川南側に戻り、つるぎ町の道の駅で名物「半田そうめん」をいただき二層卯建の上がる街貞光をブラブラ。このあと卯建の街としては池田も巡るのですが、自分的にはこの貞光がもっとも印象に残りました。珍しい二層卯建もですがそれに加えて旧貞光劇場がええ味出して街にアクセントつけてるし、谷筋のマチから両側山中高所にソラ集落が対比的に眺められとても興味深いところでした。

つづく         y.terai

追伸;川島から貞光に向かう途中の国道沿いに阿波三島郵便局があります。その真横に太陽光発電所があるのですが、そこを車で通りがかったときズラッと並んだ太陽光パネルのうえを駆け抜ける複数の生き物の姿が目に飛び込んできました。あわてて郵便局駐車場に停めさせてもらい、その生き物を確認してみると山羊たちでした。どうやら放し飼いされているみたいです。でも何のために???

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日光を見ずして結構と言うなかれ・・・

2025年09月27日

9/23祝、24水と店休みが続くとわかっていたので、早くから計画していた日光と那須への家族旅行に出かけてきました。

マスコミでよく取り上げられ興味深い地域ですが、関西からだと東京経由となりどうしても行きづらい感じがあります。わたしの家族でもいままでに栃木県へ行ったことがあるのは自分だけ。

世界遺産・日光、皇室御用邸があり上質イメージな那須・・・一泊二日ながら家族それぞれに複数のガイドブックやインターネット・テレビからの情報でイメージを膨らませ、それを長男がまとめた充実スケジュールのもと意気揚々と栃木へ足を踏み入れました。

まずは那須!お目当ての蕎麦「石心」、ベーカリー「ペニーレイン」、チーズガーデンのカフェレストラン「しらさぎ亭」など名の知れた飲食店はどこも長い待ち時間で短い旅程を考えるとあきらめざるをえませんでした。日程的に仕方なかったとはいえ、時候のよい祝日に首都圏から人気のお出かけスポットとなるとこんなもんなんでしょうネ。まぁそれでもチーズガーデンでお土産を選んだり、ペニーレインにいたっては宇都宮駅東口宿泊ホテル近くに支店があってそこでお目当てのブルーベリーブレッドを手に入れたりとそれなりに成果はありました。

宿泊は宇都宮駅東口ウツノミヤテラス上層階に位置する「カンデオホテルズ」。眼下すぐ近くには個人的目的であるLRTライトライン、そしてJR宇都宮駅に出入りする列車が眺められ、そのうえ駅そばなのに大浴場完備でコスパもよくさすが右肩上がりで成長続けているグループだなと感心しました。

宇都宮では夕食に餃子メインの居酒屋「芭莉龍」、栃木のフルーツといえばいちご「とちおとめ×芭莉式」のアイスをいただき、どちらも家族の評価はとてもよく宇都宮は好印象のようでした。

そして翌日2日目。ひとり朝早起きをし始発から2番目のでお目当てのLRTライトラインを終点まで往復。

人口50万規模の都市の交通インフラの手本となって、人と環境にやさしい乗り物としてヨーロッパのように日本全国へ広がっていくことを願っています。

そしてホテルでの朝食後、家族そろっていよいよ日光へ!京都を初めとした地元の寺社仏閣に慣れ親しんでいるものには、やはり東照宮は異質、でもだからこそ興味深くじっくりと時間をかけて見る価値があります。見ざる聞かざる言わざる、左甚五郎作といわれる眠り猫、鳴き龍、家康公墓所など見どころ満載で、ちょっとしたテーマパークのようでした。これでわが家族も面と向かって「結構、ケッコウ」と言ってよさそうですネ。

昼食は西洋料理「明治の館」で名物オムレツライスとミンチカツレツをいただき、その後カナヤホテルにまわりお茶していると早いもので帰りの電車時間近くになっていました。

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トヨタレンタカー那須塩原駅営業所で借りた車を日光駅前営業所に返して、東武日光駅へ。駅前にはかつて日光市内を走っていた車両が展示保存されていました。そうそう那須から日光へのワンウェイ料金は、この区間での利用が多いのか550円税込ととてもリーズナブルなのでおすすめです。

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帰りは下今市で乗り換えスペーシアXで東京へ。久しぶりの4人揃っての家族旅行、よい思い出となりました。    y.terai

 

瀬戸内めぐり

2025年08月18日
父母が浜夕日

ひさしぶりのぶらり旅、瀬戸内を岡山笠岡から香川多度津へ。北木島、真鍋島、佐柳島と渡りました。そして日の入り前にあわせて父母が浜に立ち寄り、丸亀泊。うどんと骨付きどりを堪能して就寝。翌日は塩飽本島へ往復、丸亀に戻ったらもう一度うどんを食し、現存天守のひとつ丸亀城へ。帰り道の岡山では岡三市場、奉還町、倉敷玉島とレトロを漂いつつ、おかでんを乗りつくしてからチャギントンミュージアムにも立ち寄ってみました。

備讃大橋朝日
おかでんチャギントンミュージアム

教訓;公共交通機関のない北木島で、採石場のある金風呂・豊浦地区から真鍋島行が出る大浦港まで行くのに、事前プランでは白石島経由で船を乗り継いでとしていたのですが、当日その場で徒歩ならどのくらいかとスマホで調べたら、距離は約3.5キロで45分から1時間で着くと教えてくれて、大浦港出港まで45分ほど猶予があったので、まぁ自分の足なら充分間に合うはずと力強くウォーキングスタート!

北木島採石場跡                                                              出港まで残り20分を切って、順調に来てるかなとスマホ地図で現在位置を確認してみたら、まだ2キロ以上ある模様。アララおかしい、これはやばし!乗り遅れると週に土曜だけ1便運航の真鍋島-佐柳島定期船に間に合わなくなり、この後の旅程が大きく狂ってきてしまう。晴天かつ炎天下、大汗間違いなし、熱中症要注意のなかでしたが、そんなことも言ってられずに、以前も大分佐賀関で愛媛三崎行きフェリーに乗ろうとして同じようなことをしでかしてたなと悪しき記憶を想い出しながら必死に2キロ以上走りました。最後は港に入ってくる船を眺めながらのラストスパートでした。

あとで何でやねんと10年ほど前の地図帳を調べると、その頃は細いながら斜めに突っ切るような道があって使われていたようなのですが、いまは海岸沿いに車の走りやすい道が整備され、大回りだけれど車はそのほうが安全で早いのでしょう、以前あったであろう道は使われなくなったのかスマホ地図からは消えてしまっていて、それで海岸沿い大回りの道を疑うことなくただただ歩いて進んでいたようです。何という不一致!そうなると距離的には5キロ以上あり普通に歩いては1時間でも到着できなさそうでした。

さてスマホはどの道で案内してくれたのでしょうか?いまだ不明です。とにもかくにも疲れ果てました、トホホ・・・     y.terai

重伝建 笠島集落
笠岡フェリー
多度津フェリー