加賀、白山麓へ

2026年05月17日
白峰集落からの白山

 

GW日帰り企画第2段。車を使って自宅早朝出発で行ってきました。主目的は重伝建3ヵ所(橋立、東谷、白峰)巡り。

それに加えて楽しみは、なぜか数年前からお気に入りの「オレボ」越前おろしそばを北鯖江PAで食すこと。福井田原町や長浜神田下りPAでも、機会があれば必ずと言ってよい頻度で立ち寄っており、今回は上下で行き帰りともいただきました。

加賀東谷大土

 

それはそうと今回どうしてこの企画になったかと思い返してみると、「橋立」は北前船で、そして「白峰」は白山とのからみでよく取り上げられ知名度があり、そのなかで「白峰」はいままで訪れたことがなく白山信仰、街並み、自然、温泉、郷土食と性に合った興味深いワードが見事にはまっていることで、ぜひここに行ってみようとまずなりました。そして通り道にこれまた訪問歴のない城下町「大聖寺」、この機会に寄ってみよう、それで大聖寺の外港でもある「橋立」は再訪になるのですがここまで行くならもう一度じっくりととなり、そのうえで加賀周辺の古い街並みを深掘りしていると、Oh!ここにも重伝建がとそれまでノーマークだった「東谷」を見つけてしまったのです。二度ほど宿泊歴のある山中温泉の奥にこんな集落があったとは・・・いままでまったく気づいていませんでした。

お前はここに永住できるか?と問われればnoですが、非常に興味深い集落であることは確かです。時代に流されず、極力自然に逆らうことなく現存するこの集落がこのままであってほしいなと、勝手なよそ者は願うばかりです。  y.terai

 

淡路島 由良・成が島へ

2026年05月17日
日本各地に存在する自然が創り出したダイナミックで神秘的な地形や地質、それら畏敬の念を感じさせる造形に出会いに行くのも旅の目的の一つです。

今回はそのなかでも砂州と呼ばれる、海が砂遊びして創り出した地形に注目です。

日本一有名な砂州は京都府北部、丹後半島のつけ根にある日本三景のひとつ「天橋立」 。わたし的には以前訪ねた鹿児島甑島にある長目の浜も神秘的で優劣つけがたいところではあります。

ただし今回は先の信州行きもあり低予算で済ませたいのと、GW真っ只中なのにそれほど混雑がなさそうでかつ自分の訪問歴ないところの条件で絞っていくと、淡路島・由良の成が島が浮かび上がってきた次第。

当日は残念ながら小雨まじりの強風で渡船が欠航で島へ渡れず、由良集落から2KMほど離れた丘を登った生石公園からの眺望を楽しみました。写真に入りきりませんでしたが右側にも小島があり砂州でつながっていて、全長は2.5KMもあるそうです。    y.terai

追伸;由良から洲本市街までコミュニティバスで戻り、昭和な街並みを存分に味わってから、その帰り道は1stプランでは土日祝限定で社会実験運航している洲本ー深日高速船だったのですが、成が島渡船同様に強風で朝から全便運休となっていました。そうなると一択で、強風による明石大橋通行止めにやきもきしながら神戸方面行き高速バスに乗り込み帰路につきます。

心配をよそに舞子駅に無事定刻到着。そこでまだ15時過ぎだったので当初予定になかった西宮北口阪急ガーデンズをのぞき見することにしました。オープンしてすでに18年経つのですね・・・気にはなっていたのですがいままでなかなか足を運ぶ機会がありませんでした。

30歳まで阪急百貨店でお世話になり、社会人の基本のキを全て叩き込んでいただき、いまだ感謝で足を向けて寝れない存在です。阪急西宮ガーデンズも、阪急らしさ≒気品が漂い、他のモールとは一線を画している様子がうかがえ、その盛況ぶりとともに自分事のようにとても嬉しく感じました。

そして阪急・西宮北口からJR・大津へ帰るのに、GWで大混雑しているであろう梅田・大阪を避け、どこで乗り換えるのが最適かなと考えを巡らせます。AIなどには聞きません。それで自分で出した答えが「摂津富田」!降りればわかるのですが阪急とJRの駅距離がまさしく絶妙。歩いて5分かからず、その間に一人飲みできそうな店が多数、自分的に夕刻一人なら最高の乗り換え場所ですね。それに最後の最後に目にしたここにこんなものがまだ残ってる・・・、JR摂津富田駅ホームの端設置、使われなくなった古い跨線橋も、ほろ酔いで鉄分多めな昭和世代ともなればなんともたまらないものでした。

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甲信旅⓷ 戸隠から妙高へ

2026年05月16日
翌朝、小諸駅すぐ近のビジネスホテルを6時過ぎに出発し、中山道追分宿に立ち寄った後、北陸新幹線で軽井沢から長野へ向かいます。
苗名滝

長野駅前でレンタカーを借り、ずっといままで行こうと思いながらも叶わなかった戸隠・妙高に足を踏み入れました。戸隠五社を回り切りそのご褒美なのか、奥社隣接の自然公園では満開の水芭蕉に迎えてもらいました。

そして妙高方面へ。で、鉄分多めな体質なもんで通りすがりに興味本位でしなの鉄道黒姫駅に顔を出したら、待合室で多くの人が何かをすすり食しているのが目に入り、駅奥に目をやると構内そば屋さんが営業しているではないですか!これは天のお導きとばかりに山菜そばをいただくことにしました。

そして野尻湖経由で、いまの時期雪解けで水量多く別名地震滝とも呼ばれる苗名滝、いもり池、赤倉温泉足湯公園を巡り、最後にこの旅のお疲れさんフィナーレで妙高温泉・地元共同浴場「大湯」によそ者がしばらく間借り状態で浸からせていただきました。

車を返し長野駅で夕食におやきとなぜか駒ケ根ソースかつ弁当が店をかまえておられたのでそちらを手に入れ、特急「しなの」で帰路につきました。「しなの」では4号車に乗車し、途中3号車のトイレを利用したらインバウンドが多いいまとなっては珍しく和式だったので思わず写真に撮ってしまいました。もうすぐ見納めのようです。   y.terai

 

甲信旅⓶ 小淵沢と小諸

2026年05月16日

今回の旅の起点は小淵沢。駅近くのトヨタカーシェアで車を借りました。

わたしのようなブラリひとり旅派にはカーシェアはとても便利で、最近よく活用します。                                             メリットはまず拠点が多いこと、エッこんなところにもあるのってことがわりとあります。                                              それに好きな時間に乗れること。今回も朝6:30スタートでした。レンタカーだと営業時間にしばられそうもいきません。空きがあれば当日直近でも予約できるのもいいですし、15分単位の短時間利用OKもありがたいことです。             さらにガソリン補充なしで戻せるので時間制約のある旅先ではとても助かります。

当日は先にあげた八ヶ岳山麓を回った後、駅からみると反対側の甲斐駒山麓サントリー南アルプス工場の杜をガイド付きでご案内いただいてから小淵沢駅に戻り、駅では名物駅そばの馬肉・舞茸入りをかきこみ、家族リクエストの信玄餅を忘れないように購入して、いよいよ次の目的地、終点・小諸へ向け出発!40年ぶりの小海線をゆっくり2時間ほど楽しみました。

小諸では閉園時間が迫っていたので懐古園(小諸城址)へ急ぎます。園内の100周年を迎える動物園にもギリギリ間に合いました。小さな町の小さな動物園、長年愛されてきた様子をシミジミ感じられちょっとした幸せ時間を過ごせ

小諸市動物園のペンギンたち

ました。

懐古園を出てからは、線路反対側の市街地(旧城下町・宿場町)を時間許す限りじっくり歩いてまわります。それが思いのほか風情が残っていて、よい意味で予想を裏切られました。地元民に反感を買いそうですがわたし的には新幹線通らなくてありがとうでした。まぁ世間にはそんな思考(指向)のやつもいるということでどうぞお許しを、 大目に見てやってください。  y.terai

追伸;山梨へ行ったら食で個人的に外せないのが「かぼちゃほうとう」。旅の初期計画段階では甲府駅前で食したことのある、ローカルチェーン小作の清里店でと思っていたのですが、営業時間と当日スケジュールの兼ね合いで難しかったので、小諸あたりでどうかなと探してみました。わたし的には山梨も長野も甲信越とひとくくりでよく語られるのでその風土に大差なく食文化も似ており、それこそ小海線でつながっている佐久平から小諸の東信地域なら、ほうとうを食べさせる店はゴロゴロあるじゃろと予想していたのですが、甲斐と信濃では違うようでした。ようやく見つけた一軒が岩村田にある「和食屋・あい膳」。小諸から小淵沢に少し引き返す体になりますが、晩飯はここで決まりと小海線で往復しました。念願のほうとうの他、こごみなど春山菜もいただき日常にない鄙の贅沢を感じました。どうもごちそうさまでした。

 

甲信旅⓵ 想い出を胸に、八ヶ岳山麓小海線を旅しました

2026年05月15日
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中学卒業時、記念にと野郎数人で富士急ハイランドへ行きました。寝台急行銀河から身延線に乗り換え向かったのを覚えています。その時になぜかしら?誰の発案だったのか・・・多分その呼び名だけで選ばれた何も見るもののなさそうな、そして実際すぐに折り返し立ち去った「小海線・乙女駅」のホーム駅名表示板の前で集合写真を撮ったのを懐かしく思い出します。

そして次に清里。わたしが大学生の頃、清里は「高原の原宿」と呼ばれ、ファンシーな建物が立ち並びタレントショップを初め若者が溢れかえり高原イメージらしからぬ大変なことになっていました。かくいうわたしも当時は東京で学生生活を送っていたので、乗り遅れまいと友人と出かけて行ったものです。そしてその清里で生まれて初めて50ccバイクに乗車。それが無謀にも普通免許取り立てかつ50ccバイクの運転の仕方など皆目知らないくせに、若気の至りでレンタルバイクを借りて走らせたのです。その結果案の定というか砂利道のカーブでスリップ転倒し、顔面、手足にかなりの深い傷を負うことになってしまいました。まだ当時はおおらかな時代でしたので、大騒ぎにならずその点は助かりましたが、東京に戻りその後しばらくひたすら痛みと顔の傷への恥ずかしさにひとり耐え忍ぶはめになったのを思い出します。

また大学2回生の夏休みに、八ヶ岳山麓・信濃川上村レタス畑で住み込みバイトを経験しました。ただし早朝3時過ぎから中腰での刈り取り作業は、当時の世間知らずでもやし野郎のわたしに耐えきれるわけもなく何やかやと理由を付けて早々に退散させていただくこととしました。その後大人になるにつれ、当時とても周りに迷惑をかけていたことを思い出しその申し訳なさをひとつの教訓とし生かすようには心掛けてきました。そして今回は清里の近くでもありますしこの機会に行っておかなければこの先ないであろうと、記憶もかなりうすれているなかでありましたが、お世話になった居倉集落をいまの自分の立ち位置から振り返りながら懺悔の心持ちで訪ね歩きました。  y.terai

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清里・清泉寮

大阪野田あたりを、ぶらりしてたら・・・

2026年03月20日

3/6に大阪中之島グランキューブで パナソニックショップ関西地区の集まりがあり、それが昼からだったので馴染みのうすい野田あたりをぶらついてから行きましょうと9:30頃に阪神野田駅を下車。

「ほぉ~こんな雰囲気か」と阪神電車高架下の機械工具街をしばらく進んで、ヤマダ電機のところを右折するとどうやら海老江の町域に入ったようで、そこにはりめぐらされた路地迷路をあてもなく彷徨うと、なぜに石畳?ザ昭和ちっくないまや住む人のないアパートなど、ひと昔前の大阪下町にタイムスリップした感じが味わえました。

海老江 石畳路地
海老江 昭和なアパート

淀川端までぐるりと海老江をひとまわりし野田阪神へ戻り中之島方面へ向かうのに新橋筋商店街を目指します。それで野田阪神の高架下をくぐって横断歩道を渡ったのですが、そこでふっと案内板が視界 にはいりそれをよく見てみると、パナソニック創業者、我らが精神的支柱「松下幸之助翁」の創業地がこの野田にあるというではないですか!なんという奇遇!運命がわたしをここに引き寄せたのでしょうか?まぁそれはあまりに大袈裟ですけど・・・

それで出世商店街を名乗る道を進んでいくとたどり着いたのが、写真の記念碑が立つ場所になります。

そのように当初予定になかった、けれど自分的には喜ばしい寄り道をしたので元々ここもと思っていた福島あたりはぶらつけませんでした。次の機会にとっておきましょう。

まぁそれはそうと、うちと松下さんの強いご縁を感じずにはいられない出会いでした。   y.terai

 

 

 

東へ

2026年02月28日

常磐へ。この世に生を受け60数年経過しているのに、行く機会のなかった北茨城と福島浜通りへ念願かなっていよいよ足を踏み入れることができました。

前日は土浦泊り、夜は居酒屋で季節ドンズバの「あんこう尽くし」でお腹を満たし期待を胸に熟睡。

そして早朝から石岡で昭和レトロな街並み巡りを楽しんでから、朝8時を待って駅近くのトヨタレンタカーで旅の相棒を借り常陸太田鯨が丘へ。ここでもわたしの子供時分を感じさせてくれる空気を思いっきり吸い込んで徐々に自分なりにエンジンをかけていきます。

日立製作所創業小屋

そして次に尋ねたのは日立製作所オリジンパーク。電器屋で生まれ育ちそして携わってきた自分としてはここまで来たら行かないわけにいかないかなと・・・。小平浪平(おだいらなみへい)創業者に敬意を表しながらもいまのパナソニックの現状を鑑み複雑な想いで、資料館、創業小屋を一巡させていただきました。

日立からは北茨城・五浦海岸に立ち寄り、やっぱっし常磐といえばココは外せないでしょの「常磐ハワイアンセンター(現在;スパリゾートハワイアンズ)」へ向かいます。せっかくなので13:30ポリネシアンサンライトカーニバルに間に合うように温泉入浴と合わせてスケジュールを組みました。ただし料金から考えれば巨大プールゾーンを存分に楽しまなきゃ元は取れない感じです。といってももうひとつの絶対目的地「白水阿弥陀堂」の拝観時間(冬季最終受付15:15)との兼ね合いや、ココで一人ウォータースライダーといってもネ~ってことで、ショーの余韻にしたりながらお昼ごはんも食べず足早に出発しました。

そしてジャーンどうだ!「国宝・願成寺白水阿弥陀堂」。その存在を知ったのは正直この旅をプランニングし始めてからなんですが、いわきといえばフラダンス一色であったわが脳みそは見つけた瞬間にモロ衝撃を受けました。いわきにこんな清清しいところが・・・故に余計にご縁を感じ絶対行く!って運びに・・・浄土庭園と御堂の見事な組み合わせ、えもいわれぬ美しさにうっとり。そしてさらに堂内の阿弥陀様の優美さに心が洗われるひと時を過ごせました。

それなのにnext scheduleは超俗的な「バレンタインジャンボ宝くじ」の購入、この落差に自分ながらトホㇹ・・・ですネ。というのもこれは学生時代から耳にしていた「大黒様の宝くじ売り場」がいわきの中心市街地・平にあるからなのですヨ・・・なんか申し訳ない気分ですが、残念ながら俗世を生き抜く我が身なので仏様に許しを乞い割り切ってバラと連番を一組づつゲットしておきましょう。そして3/16月の抽選日まで雑念捨てて粛々と生活をいたしましょう。

あと福島太平洋沿岸・浜通りまで来たなら、もうひとつ気になっていたのが2011年3月11日に発生した東日本大震災関連施設。いわき市も震度6弱、最大8.57Mの津波にみまわれたそうです。津波遺構があれば最も実感的教訓として胸に刻めるかなと探してみましたがその日のうちに足を伸ばせる範囲になさそうだったので、少しでもの想いでいわきで最も被害が大きかった薄磯地区に建つ「いわき震災伝承みらい館」を訪ね申し訳程度ながら学習させていただきました。

そして日立駅19:00発の特急ひたちに間に合わせるべく小名浜経由で常磐道をひたすら走らせていたら、「事故のためただいま北茨城IC-高萩IC通行止め」の情報が飛び込んできてしばらくすると高速道で足止めされる事態に・・・。ぶらり旅恒例のトラブル試練がここにきて襲ってくるとは予想だにしていませんでした。

以前秩父へ行く時に乗った西武鉄道特急「ラビュー」、その斬新かつ快適な車両デザインに魅了されたこともあり、そのデザイン担当の建築家・妹島和世さんが故郷日立で設計なさった目の前全面海で評判になっている日立駅併設「シーバーズカフェ」に最後の最後寄ってアルコール片手に旅のフィナーレとしたい。の想いがあったので一歩も進めないこの状況に気があせりまくります。

が、阿弥陀様のお力でしょうか、30分ほど待たされはしましたが事故処理が終わり車が流れ出し無事に車を返した後「シーバーズカフェ」でなんとか30分程度〆の時間を楽しめました。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」うちは浄土宗なので10回唱えましょう。ありがとうございました。 y.terai

 

西へ

2026年02月27日

 

長崎へ。ランタンフェスティバルなど。

西九州新幹線開業で長崎駅が新しくなってからは来れてないので、駅周りが大きく再開発され生まれ変わったnew長崎を楽しみに訪れました。

その反面バランスをとるわけでないですが、今回は原爆資料館、平和記念公園それに浦上天主堂を訪ね、現在の世界情勢とも照らし合わせながら、戦争の不条理な悲惨さや無念そしてあらためて平和の大切さに想いを馳せながら過ごしました。y.terai

 

福済寺

勝運、馬の神様「藤森神社」にお参り

2026年01月24日
先日、パナソニックショップ会で大阪京橋まで行く用事があったので、京阪電車で大津から京都三条乗り換えで向かいました。(そうなんです。大津から大阪へ行くのは、JRが早くて安くて便利なんですが、京阪でも行けるんです。いまでこそ間に京都市営地下鉄をはさみますが、わたしのこども時分よりはるか前からこの経路はあって、直通列車びわこ号が運用されていたくらいなんですよ。)途中、毎年正月にお参りさせていただく商売繁盛「伏見稲荷」さんに詣でたあと、京橋・OBP11:45の集合時間にまだ間に合いそうだったので、急遽藤森さんにお伺いしました。

5/5の駈け馬行事で知られるお宮さんで、午年の今年はマスコミでなにかと取り上げられることが多く、「そういゃ~、わたしゃ生まれてこのかたお訪ねしたことがなかったな・・・」と思いおこし、午年らしく何事も馬九いくようにとお参りさせていただいた次第です。     y.terai

徳島旅②

2026年01月11日
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貞光では日程的にゆとりができたので、剣山山麓の自然が創り出した土釜と鳴滝も見物。その後、阿波池田近郊の温泉宿へのつもりでしたが、貞光を出たのがまだ15時過ぎで時間を持て余し気味。そこで思い切って翌日午前に行く予定であった奥祖谷「重伝建・落合集落」へ向かうことにしました。

この判断があとで大きな後悔を生むことになろうとは・・・、その時はそこまで思いがいたりませんでした。JAFさんお世話になりありがとうございました。皆さんもご注意ください。徳島はじめ四国の冬の天候は平野部と山間部で雲泥の差です。山間部ではスノータイヤですら克服できない道があります。旅先でありがちな考え「せっかく来たんやしな、まぁ大丈夫やろ。あかんかったらどうしようもなくなる前に引き返したらええんよ。」は危険です。正確な情報収集に努め、適切な判断をなさってください。

周りに迷惑かけ苦労の末、20時過ぎに宿に到着。ほっこり温泉につかりながら反省し、翌日に備え早めに就寝しました。

翌日は安心安全な平野部だけを走行。阿波一之宮「大麻さん」で初詣、藍の館と人形浄瑠璃劇場で徳島の文化とその成り立ちについてお勉強、途中お昼に徳島ラーメンをいただきました。

鳴門で借りたレンタカーは徳島で返します。トヨタレンタカーは都道府県ごとに運営会社が違うので一律には言えませんが、他社と比べて乗り捨て(ワンウェイ)に有利性があるようです。鳴門ー徳島だと別料金はかかりませんでした。

徳島営業所は旧市街にあるので、15時半頃に返してからは街ブラです。時間的に人気のない歓楽街・秋田町から歩き始め、わたしが子供の頃は丸新百貨店を中心に高松や松山に負けず劣らず賑やかな人通りがあったであろう新町商店街、いまは残念ながら四国県庁所在地他3都市に大きく水をあけられ閑散としていました。そして徳島の象徴「眉山」をロープウェイで往復してから、帰りの高速バスが出る徳島駅前まで歩いて向かいます。18:30発まで90分ほどあるので、以前も立ち寄った居酒屋「安兵衛」でできるだけの徳島を食します。まぁ世間一般にはまだ正月休み中なので、全揃いとはいきませんが、うつぼの唐揚げや鯨のユッケ、すだちハイボール、鳴門金時芋焼酎などいただきました。

結局今回は、奥祖谷「重伝建・落合集落」まで行きつけなかったので、徳島にお詫びを兼ねてGW頃に再訪できればと考え中、但し次回は予算の関係で日帰りになりそうですが・・・

免許返納までJAF会員であることを誓う「ヒトに支えられ生きている」を改めて実感した今回の一人旅でした。                       y.terai

追伸;今回、川沿いに遡り旅した吉野川は別名「四国三郎」と呼ばれることがあります。坂東太郎(利根川)、筑後次郎(筑後川)に次ぐ日本河川で三男ということです。これら河川は流域面積広く、暴れ川として知られました。そいじゃ、続きはないのかと調べると、越乃四郎(信濃川)、陸奥五郎(最上川)とありました。過去に大きな氾濫被害にあわれているからなので恐縮でありますが、日本人古来のユーモアを感じずにいられません。

写真は吉野川河口でまさしく海とつながろうとしています。旅のフィナーレに訪れました。さすがサブローですね。

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