勝運、馬の神様「藤森神社」にお参り

2026年01月24日
先日、パナソニックショップ会で大阪京橋まで行く用事があったので、京阪電車で大津から京都三条乗り換えで向かいました。(そうなんです。大津から大阪へ行くのは、JRが早くて安くて便利なんですが、京阪でも行けるんです。いまでこそ間に京都市営地下鉄をはさみますが、わたしのこども時分よりはるか前からこの経路はあって、直通列車びわこ号が運用されていたくらいなんですよ。)途中、毎年正月にお参りさせていただく商売繁盛「伏見稲荷」さんに詣でたあと、京橋・OBP11:45の集合時間にまだ間に合いそうだったので、急遽藤森さんにお伺いしました。

5/5の駈け馬行事で知られるお宮さんで、午年の今年はマスコミでなにかと取り上げられることが多く、「そういゃ~、わたしゃ生まれてこのかたお訪ねしたことがなかったな・・・」と思いおこし、午年らしく何事も馬九いくようにとお参りさせていただいた次第です。     y.terai

徳島旅②

2026年01月11日
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貞光では日程的にゆとりができたので、剣山山麓の自然が創り出した土釜と鳴滝も見物。その後、阿波池田近郊の温泉宿へのつもりでしたが、貞光を出たのがまだ15時過ぎで時間を持て余し気味。そこで思い切って翌日午前に行く予定であった奥祖谷「重伝建・落合集落」へ向かうことにしました。

この判断があとで大きな後悔を生むことになろうとは・・・、その時はそこまで思いがいたりませんでした。JAFさんお世話になりありがとうございました。皆さんもご注意ください。徳島はじめ四国の冬の天候は平野部と山間部で雲泥の差です。山間部ではスノータイヤですら克服できない道があります。旅先でありがちな考え「せっかく来たんやしな、まぁ大丈夫やろ。あかんかったらどうしようもなくなる前に引き返したらええんよ。」は危険です。正確な情報収集に努め、適切な判断をなさってください。

周りに迷惑かけ苦労の末、20時過ぎに宿に到着。ほっこり温泉につかりながら反省し、翌日に備え早めに就寝しました。

翌日は安心安全な平野部だけを走行。阿波一之宮「大麻さん」で初詣、藍の館と人形浄瑠璃劇場で徳島の文化とその成り立ちについてお勉強、途中お昼に徳島ラーメンをいただきました。

鳴門で借りたレンタカーは徳島で返します。トヨタレンタカーは都道府県ごとに運営会社が違うので一律には言えませんが、他社と比べて乗り捨て(ワンウェイ)に有利性があるようです。鳴門ー徳島だと別料金はかかりませんでした。

徳島営業所は旧市街にあるので、15時半頃に返してからは街ブラです。時間的に人気のない歓楽街・秋田町から歩き始め、わたしが子供の頃は丸新百貨店を中心に高松や松山に負けず劣らず賑やかな人通りがあったであろう新町商店街、いまは残念ながら四国県庁所在地他3都市に大きく水をあけられ閑散としていました。そして徳島の象徴「眉山」をロープウェイで往復してから、帰りの高速バスが出る徳島駅前まで歩いて向かいます。18:30発まで90分ほどあるので、以前も立ち寄った居酒屋「安兵衛」でできるだけの徳島を食します。まぁ世間一般にはまだ正月休み中なので、全揃いとはいきませんが、うつぼの唐揚げや鯨のユッケ、すだちハイボール、鳴門金時芋焼酎などいただきました。

結局今回は、奥祖谷「重伝建・落合集落」まで行きつけなかったので、徳島にお詫びを兼ねてGW頃に再訪できればと考え中、但し次回は予算の関係で日帰りになりそうですが・・・

免許返納までJAF会員であることを誓う「ヒトに支えられ生きている」を改めて実感した今回の一人旅でした。                       y.terai

追伸;今回、川沿いに遡り旅した吉野川は別名「四国三郎」と呼ばれることがあります。坂東太郎(利根川)、筑後次郎(筑後川)に次ぐ日本河川で三男ということです。これら河川は流域面積広く、暴れ川として知られました。そいじゃ、続きはないのかと調べると、越乃四郎(信濃川)、陸奥五郎(最上川)とありました。過去に大きな氾濫被害にあわれているからなので恐縮でありますが、日本人古来のユーモアを感じずにいられません。

写真は吉野川河口でまさしく海とつながろうとしています。旅のフィナーレに訪れました。さすがサブローですね。

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徳島旅

2026年01月05日

今回の年末年始休み(12/31水定休~1/4日)は、わたしにとって曜日の並びが都合よくなかったので、ひとりで遠出しにくいなどうしようかなと年末ギリギリまで迷っていました。さすがに大晦日と元旦は家族一緒に過ごしたいし、年始は定休曜日の加減で元旦除くと3日間しかないうえに最後が土日にかかるのか・・・。旅の目的地は興味を持てるテーマのある地域で、さらに大津より温暖がよいし、疲れ果てての正月明けは避けたいので片道3時間まででスタート地点へ行けて、年始でもあまり混んでなさそうなところ・・・それにできれば温泉も・・・。

そうだ、徳島吉野川沿いを遡ってみよう、谷地にあるマチと高地にあるソラと呼ばれる集落の対比、藍やタバコで栄えた風情漂う卯建のある街並み、そしてその財力を基にこの地で育まれた文化である阿波踊りや人形浄瑠璃・・・、温泉も全国的に無名ながら効能ありそうなのがちらほら、食べ物も徳島ラーメン、半田そうめん、祖谷そばと好きな麺系パラダイス・・・。よっしゃ、徳島へ行こうとクリスマス前にようやく重い腰をあげました。が、はたして正月にかかる日程でそれも出発約10日前に行き帰りのバス、現地でのレンタカー、宿泊の全てを手配できるのか・・・。あかんかったら寝正月やな、まぁそれはしゃーないな・・・。

そんな心配をよそにおかげさまでて全ての予約がうまくとれ、1/3当日大津を朝5時半頃JRで出発、神戸舞子 で高速バスに乗り換え目的地域出発点である鳴門に8時半頃に到着。高架にある高速鳴門バス停からは無料スロープカーで地上の観光案内所前に降り立ちます。

そして観光案内所前のトヨタレンタカーで2日間旅の相棒となる冬タイヤ仕様の軽乗用車を借りていよいよ出発!まずは吉野川中流域鴨島を目指します。何があるの?って。それはね江川湧水源と江川鴨島公園だよ。

江川は全長10kmに満たない鴨島の街中を流れる、見た目は何の変哲もない吉野川水系の川。ただし江川の生立ちは興味深くて、近くを流れる吉野川の伏流水が唐突にそこで湧き出していて、それもなぜか冬温かく夏に冷たい水。その流れを街中に堰止めるようにつくられたのが江川鴨島公園でそこには渡り鳥かな?詳しくないけど水鳥たちが気持ちよさそうに群れをなしているんだよ。

ボーと水鳥達と過ごせる贅沢な時間は、残念ながら旅人には長くもとれず、次は悠々と流れる大河・吉野川を堪能すべく、川島・岩の鼻展望台へ向かいます。そこからは吉野川に多くかかる潜水橋のひとつ「川島橋」を眺められます。四万十や仁淀の高知では沈下橋と呼ぶのですが、この辺では潜水橋なんです。 ちなみにここの川中島は日本一広いらしくて、肥沃な耕作地になっていました。

「川島橋」からその広い川中島を横切りもう一本の橋を渡ってしばらく行くと、重伝建指定・卯建の上がる街「脇町」に到着、ここでは街ブラして西田敏行主演『虹をつかむ男』の舞台になった脇町劇場オデオン座に立ち寄りました。そして潜水橋「脇町橋」経由で再び吉野川南側に戻り、つるぎ町の道の駅で名物「半田そうめん」をいただき二層卯建の上がる街貞光をブラブラ。このあと卯建の街としては池田も巡るのですが、自分的にはこの貞光がもっとも印象に残りました。珍しい二層卯建もですがそれに加えて旧貞光劇場がええ味出して街にアクセントつけてるし、谷筋のマチから両側山中高所にソラ集落が対比的に眺められとても興味深いところでした。

つづく         y.terai

追伸;川島から貞光に向かう途中の国道沿いに阿波三島郵便局があります。その真横に太陽光発電所があるのですが、そこを車で通りがかったときズラッと並んだ太陽光パネルのうえを駆け抜ける複数の生き物の姿が目に飛び込んできました。あわてて郵便局駐車場に停めさせてもらい、その生き物を確認してみると山羊たちでした。どうやら放し飼いされているみたいです。でも何のために???

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日光を見ずして結構と言うなかれ・・・

2025年09月27日

9/23祝、24水と店休みが続くとわかっていたので、早くから計画していた日光と那須への家族旅行に出かけてきました。

マスコミでよく取り上げられ興味深い地域ですが、関西からだと東京経由となりどうしても行きづらい感じがあります。わたしの家族でもいままでに栃木県へ行ったことがあるのは自分だけ。

世界遺産・日光、皇室御用邸があり上質イメージな那須・・・一泊二日ながら家族それぞれに複数のガイドブックやインターネット・テレビからの情報でイメージを膨らませ、それを長男がまとめた充実スケジュールのもと意気揚々と栃木へ足を踏み入れました。

まずは那須!お目当ての蕎麦「石心」、ベーカリー「ペニーレイン」、チーズガーデンのカフェレストラン「しらさぎ亭」など名の知れた飲食店はどこも長い待ち時間で短い旅程を考えるとあきらめざるをえませんでした。日程的に仕方なかったとはいえ、時候のよい祝日に首都圏から人気のお出かけスポットとなるとこんなもんなんでしょうネ。まぁそれでもチーズガーデンでお土産を選んだり、ペニーレインにいたっては宇都宮駅東口宿泊ホテル近くに支店があってそこでお目当てのブルーベリーブレッドを手に入れたりとそれなりに成果はありました。

宿泊は宇都宮駅東口ウツノミヤテラス上層階に位置する「カンデオホテルズ」。眼下すぐ近くには個人的目的であるLRTライトライン、そしてJR宇都宮駅に出入りする列車が眺められ、そのうえ駅そばなのに大浴場完備でコスパもよくさすが右肩上がりで成長続けているグループだなと感心しました。

宇都宮では夕食に餃子メインの居酒屋「芭莉龍」、栃木のフルーツといえばいちご「とちおとめ×芭莉式」のアイスをいただき、どちらも家族の評価はとてもよく宇都宮は好印象のようでした。

そして翌日2日目。ひとり朝早起きをし始発から2番目のでお目当てのLRTライトラインを終点まで往復。

人口50万規模の都市の交通インフラの手本となって、人と環境にやさしい乗り物としてヨーロッパのように日本全国へ広がっていくことを願っています。

そしてホテルでの朝食後、家族そろっていよいよ日光へ!京都を初めとした地元の寺社仏閣に慣れ親しんでいるものには、やはり東照宮は異質、でもだからこそ興味深くじっくりと時間をかけて見る価値があります。見ざる聞かざる言わざる、左甚五郎作といわれる眠り猫、鳴き龍、家康公墓所など見どころ満載で、ちょっとしたテーマパークのようでした。これでわが家族も面と向かって「結構、ケッコウ」と言ってよさそうですネ。

昼食は西洋料理「明治の館」で名物オムレツライスとミンチカツレツをいただき、その後カナヤホテルにまわりお茶していると早いもので帰りの電車時間近くになっていました。

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トヨタレンタカー那須塩原駅営業所で借りた車を日光駅前営業所に返して、東武日光駅へ。駅前にはかつて日光市内を走っていた車両が展示保存されていました。そうそう那須から日光へのワンウェイ料金は、この区間での利用が多いのか550円税込ととてもリーズナブルなのでおすすめです。

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帰りは下今市で乗り換えスペーシアXで東京へ。久しぶりの4人揃っての家族旅行、よい思い出となりました。    y.terai

 

瀬戸内めぐり

2025年08月18日
父母が浜夕日

ひさしぶりのぶらり旅、瀬戸内を岡山笠岡から香川多度津へ。北木島、真鍋島、佐柳島と渡りました。そして日の入り前にあわせて父母が浜に立ち寄り、丸亀泊。うどんと骨付きどりを堪能して就寝。翌日は塩飽本島へ往復、丸亀に戻ったらもう一度うどんを食し、現存天守のひとつ丸亀城へ。帰り道の岡山では岡三市場、奉還町、倉敷玉島とレトロを漂いつつ、おかでんを乗りつくしてからチャギントンミュージアムにも立ち寄ってみました。

備讃大橋朝日
おかでんチャギントンミュージアム

教訓;公共交通機関のない北木島で、採石場のある金風呂・豊浦地区から真鍋島行が出る大浦港まで行くのに、事前プランでは白石島経由で船を乗り継いでとしていたのですが、当日その場で徒歩ならどのくらいかとスマホで調べたら、距離は約3.5キロで45分から1時間で着くと教えてくれて、大浦港出港まで45分ほど猶予があったので、まぁ自分の足なら充分間に合うはずと力強くウォーキングスタート!

北木島採石場跡                                                              出港まで残り20分を切って、順調に来てるかなとスマホ地図で現在位置を確認してみたら、まだ2キロ以上ある模様。アララおかしい、これはやばし!乗り遅れると週に土曜だけ1便運航の真鍋島-佐柳島定期船に間に合わなくなり、この後の旅程が大きく狂ってきてしまう。晴天かつ炎天下、大汗間違いなし、熱中症要注意のなかでしたが、そんなことも言ってられずに、以前も大分佐賀関で愛媛三崎行きフェリーに乗ろうとして同じようなことをしでかしてたなと悪しき記憶を想い出しながら必死に2キロ以上走りました。最後は港に入ってくる船を眺めながらのラストスパートでした。

あとで何でやねんと10年ほど前の地図帳を調べると、その頃は細いながら斜めに突っ切るような道があって使われていたようなのですが、いまは海岸沿いに車の走りやすい道が整備され、大回りだけれど車はそのほうが安全で早いのでしょう、以前あったであろう道は使われなくなったのかスマホ地図からは消えてしまっていて、それで海岸沿い大回りの道を疑うことなくただただ歩いて進んでいたようです。何という不一致!そうなると距離的には5キロ以上あり普通に歩いては1時間でも到着できなさそうでした。

さてスマホはどの道で案内してくれたのでしょうか?いまだ不明です。とにもかくにも疲れ果てました、トホホ・・・     y.terai

重伝建 笠島集落
笠岡フェリー
多度津フェリー

大地のすごみを感じる伊豆大島へ

2025年05月10日

地元で御神火と崇められる活火山「三原山」のある伊豆大島へ行ってきました。

さるびあ丸で、東京竹芝から朝6:00に岡田港へ到着。さぁ大地の力あふれる伊豆大島を巡りましょう。

三原山頂お鉢巡り 火口すぐ近くまで近寄れます 細いながら水蒸気たなびく箇所もありました。
大地の履歴書 地層切断面、通称バームクーヘン
神秘さ感じる泉津切通
地元の氏神様、野増大宮神社
海岸近く元火口に雨水溜まり池となり、人工的開削で海とつなげ風待ち港として繁栄極めた波浮港
伊豆大島に地表流れる川はなし こちらは集落を守るのに火砕流や土石流を迂回させるために造られた人工流路

y.terai

 

ひめの餅

2025年04月10日

今回の旅のもう一つの大きな目的がひめの餅!新庄村特産でその前評判はきめ細かく伸びがよく日本一おいしいかもと期待させられる逸品。

餅好きのわたしの垂涎の的。それも実は一昨年冬に現地で食べそこなっているので今度こその想いがひとしおでした。

そこで道の駅併設の食堂でいただいたひめっこ善哉とひめっこ雑煮。このお餅は、でしゃばることなく他の食材と一体になって雑煮なり善哉をつくりあげてるなと感じられました。普段パック餅に食べ慣れている口には、もったいなかったかもしれません。

それでその特別感をまた自宅でゆっくりと味わえるようにとパック豆餅を自分用に購入しておきました。焼餅にしてみようかなと考えています。   y.terai

 

醍醐桜

2025年04月10日
岡山真庭・醍醐桜 2025.4/9

 

岡山中山間部の後醍醐天皇伝説が残る山里に生える一本桜。岡山県一の大木だそうです。気持ちのよい晴天の下、まさしく満開で迎えてくれました。

今回はこの醍醐桜の開花状況にあわせて日程調整をし訪れたのですが、他にも写真のとおりで春を充分に満喫させていただきました。  y.terai

姫新線月田駅
津山鶴山城

能登を思います②

2025年03月28日

今回のルートは、夜行バスで早朝に金沢駅到着、JRで口能登近くの宇野気まで行きそこでレンタカーを借りて、気多大社⇒妙成寺⇒福浦集落⇒能登金剛⇒黒島集落⇒総持寺⇒輪島市街⇒白米千枚田⇒珠洲市街⇒見附島(軍艦島)⇒宇出津市街⇒穴水駅とその日の夜まで廻らせていただきました。

黒島集落旧角海家住宅前

いままで訪ねる機会がなかった輪島門前地区。重要伝統的建造物群保存地区指定の黒島集落、曹洞宗大本山総持寺祖院にはずっと以前から訪問を熱望していたのですが、今回このようなことで足を踏み入れさせていただくことになろうとは・・・。

総持寺祖院の拝観は建物の損壊激しくいまだ平常通りにできませんが、受付でお断りすればパンフレットまでいただいたうえで快く境内を回らせていただけます。明治の大火後に横浜鶴見へ移るまでは、こここそが永平寺と並ぶ曹洞宗大本山であった風格が建物こそ傷みさえすれあちこちから感じられます。

門前から輪島市街へは直通路が復旧できていないので、穴水方面へ大きく迂回するかたちで向かいます。輪島市街では大地震でシンボリックに報道された河井小学校前交差点、崩壊し倒れ込んでいた輪島塗の会社ビルは犠牲者を出した隣家とともに公費解体されていました。そして続けてその奥に朝市通り建物火災跡の更地が広がっていました。

旧珠洲駅。ホームがめくれ跳ね上がってしまっています。

ただ災害報道の中心であった輪島市街、珠洲市街の被害の大きさはテレビや新聞で事前に知らされていたのでわりと冷静に受け止められたのですが、それ以上に衝撃と深刻さを感じたのが珠洲市街から5キロほど離れた鵜飼集落でした。珠洲では飯田に次ぐくらいのわりと大きな集落であったはずですが、中心市街地のようには鉄筋・鉄骨製建物はなかったと思われ、残っている家屋は本当に少なくほぼ更地が広がっている状況でした。見附島(軍艦島)へは主要道である内浦街道で幅20Mほどの鵜飼川を橋で渡れば5分かからず行けるはずなんですが、肝心の橋が崩壊したままで通れず集落外れを通る国道へ迂回しなければ行けませんでした。その軍艦島も舳先が崩れてしまっています。

自然の脅威に一瞬で消えてしまうひとの営みのはかなさと、それとは裏腹などん底から再び立ち上がろうとするひとの芯の強さを、いまの能登には感じれます。能登早期復興への願いをより強くするとともに、日本各地で繰り返されてきた事象なだけに明日は我が身と真剣に考えさせられる一日となりました。    y.terai

追伸;いまわかったのですが鵜飼集落は大地震による津波被害がもっとも大きかったようです。時事通信社が災害直後の鵜飼集落の状況をドローンによる空撮映像でユーチューブにあげています。  3/30

能登を思います

2025年03月26日
輪島門前 総持寺境内

能登の度重なる自然災害後、マスコミの報道だけで現地の生の状況がずっと気になっていました。

能登にはわたしなりにいくつかの思い出があります。

高校生の頃、鉄道好きの友人3人で国鉄と路線バスを乗り継ぎ真冬の半島を一周した思い出。波の花を初めて目にしました。そして帰るころには大雪になり、金沢から乗る予定の夜行急行きたぐにが相次ぐ他列車運休のなかどうなるか果たして帰れるのかしらと心細く思案していたなか大幅に遅延しながらも深夜に到着、それで満席すし詰め座れずにようやく出発したのはよかったのですが、今度は途中の南条駅で何時間も足止めされ淀む空気の車中で心身ともに疲れはて気分が悪くなりホームに出て降り積もる雪のなかへたりこんでしまったのを想い出します。さらにようやく帰れはしたものの輪島の朝市で家族へのお土産にと買っておいたわかめがビニール袋のなかで台無しになってしまっていてがっかりでした。

また大学生の頃、サークルの夏合宿が富山・氷見であったので、野郎ばかり数人で車を借り能登まで足を伸ばし、当時の国鉄輪島駅で野宿をした思い出もあります。当時は誰もが運転免許取りたてで、能登金剛あたりと千里が浜なぎさドライブウェイでトラブったような記憶が残っています。

そんな苦い思いをしながらも、その後も迫力ある七尾の青柏祭を拝見したり、和倉温泉にゆったり浸かったり・・・。と再訪しているのは荒々しくもそれ以上に優しさを感じられる能登に惹かれてのことだったかといまになって感じています。やっぱり「能登はやさしや土までも」ですね。そして春になったらまた一人ぶらりと行ってみようかとプランニングを進めていた矢先での災害発生でした。

それで店では少しでも復興の力になれればとパナソニックフェア記念品に能登産品を採用させていただいたり、忘れてはいけないと目立つところにメッセージボードを掲げたりしてきましたが、現地に赴くのは復興ボランティアに参加できるわけでもなくその様子を遠目に拝見するだけでは被災された方々に失礼極まりないと考えいままで自重してきました。

しかし大地震から1年、そして豪雨災害からも半年近くが経ち主要道路も繋がりつつある現状を知り、復興の邪魔にならない程度であれば旅人も受け入れていただけるのでは、そして現状を知ったうえで能登復興の思いをより強くもてれば許していただけるのではと勝手な考えが芽生え、恐る恐るながらも先日日帰りで訪ねさせていただきました。  続く  y.terai